内容は割愛する。
戦後、日本は欧米に比べればまだまだ遅れているが、女性の地位も向上し始め、社会への進出も目覚ましくなって来た。
日本初の女性首相が生まれたことは、地位向上の新たな一歩となるか?と期待もしたが、超タカ派的な高市政権の暴走に懸念する人も多い気がするのは、私だけではないだろう。世界で孤立しないか?逆に気になるところ。
さて、今日イタリアでは、「国際女性の日」を記念し、"Non una di meno"(一人も欠けてはいけない)をスローガンに、イタリア全土の約60都市で抗議活動として、デモ行進が行われた。
デモでは、女性や戦争によるインフレの影響を最も受けている層に対する性的・経済的暴力対策に関する政府の政策、さらにボンジョルノ法案(性的暴行罪に関する法改正案)やイラン戦争にも抗議している。
女性の地位向上とは、程遠いが、3月8日は毎年女友達と集まっては、お祝いをしてきたが、前夜アカペラのグループと練習後、既に食事をしてしまったので2日続けてはどうかな?と思っていた。一人だとしても、映画「レンタルファミリー」を観に行くつもりであったので、友人に声をかけると2人が行きたい、ということで3人で出かけて来た。
かつて歯磨き粉のCMで一世を風靡したものの、近頃は世間から忘れ去られつつあるアメリカ人俳優フィリップ。
俳優業を細々と続けながら東京で暮らし、すっかり街になじんでいた。そんなある日、フィリップは家族代行者であるレンタル・ファミリー会社を経営する多田から仕事を依頼される。レンタル・ファミリーとは、依頼人にとって大切な「家族」のような役割を演じることで報酬を得る仕事。最初のうちは、他人の人生に深く関わることに戸惑うフィリップだったが、仕事を通して出会った人々と交流していくうちに、いつしか彼自身の心にも変化が起こりはじめる…というストーリー。
コメディと紹介されていたが、話を追っていくうちに、人間関係を偽装していくってどうなの?と疑問を持って鑑ていた。
映画の中でも、フィリップは戸惑いながら仕事を受けていた。本音を殺して、依頼されたことを全うすれば良いのか?仕事とは言え、孤独や人間関係、社会的なつながりの不足を一時的に埋めることで、一時はうまく行ったように見えても、その後人を傷つけることにならないのか?私も疑問に思った。
結婚代行の悲哀…、しかし、裏には隠れた幸せが待っていた。
孤独と代行の間…、しかし、そこに人を信じると言う友情が生まれ始めていた。
受験のために父親役が売買される皮肉…、しかし、そこには小さな信頼と絆、そして多分自分自身に対する赦し?が生まれた。
フィリップは仕事を通して、さまざまな人生に触れ、徐々に自分の気持ちの変化に気づいていく。
懐かしい風景。ここはどこかな?東京下町か...でもこれは世田谷では?最後の桜並木は目黒?稲城?などと頭を横切った。
また、フィリップがレンタル・ファミリー社の事務所で仕事の説明を受ける際、「この仕事はセラピストのようなもの」と解釈する場面があった。そして実際に彼は、この仕事によって悩める多くの人たちの心を癒やし、そして彼自身も生き生きしていくように見えた。
周りのイタリア人も意外に同じところで、笑い、涙しているようで、終了時には拍手する人や”Belloooooo!”と囁く声も聞こえた。
ところで、実は、今日は父の命日であったのだが、映画の中でも生前葬やら、フィリップが仕事で寄り添った俳優・キクオの死と葬儀の場面やら桜のシーンが、父が亡くなった時と重なった。
桜散る 残る桜も 散る桜 by 良寛
「今どんなに美しく綺麗に咲いている桜でもいつかは必ず散るのです。人生そのものです。」父の葬儀の際、僧侶が紹介された一句であった。
桜が散るのは寂しいが, 美しくもある。人は生まれた時から死に向かい、いずれ私も散る日が来る。それは散っていく命ではなく、美しく咲く命。
映画の中でのレンタル・ファミリーは単なる代行を超え「命のお手伝い」や「孤独死の防止」としての心理的・感情的なサポートとしての役割もあるのかもしれない、と意味を見出した。
桜の花の命は短いけれど、満開を迎えるまでは、どれだけ風雨にさらされても、散ることがない。
観終わって穏やかな気持ちになった。
今日の一句
レンタルで 埋める余白に 幸を見る

