ここのところ、何とも言えない憤りや憂鬱さを感じる日々。
その原因は、今始まったことではなく、歴史から学ばない人間の傲慢さだ。
米国とイスラエルは去る2月28日、イランに大規模な軍事攻撃を始め、イランも反撃に出始めた。
ミラノのドウモ広場では、イラン人が集まり大喜びしていた。ベネズエラ攻撃と同様、大切なのはイランの最高指導者ハメネイ師が独裁者だったかどうかではなく、アメリカとイスラエルが勝手に人を殺害する権利があるかということ...。
逆に、ネタニヤフが殺害されれば喜ぶイスラエル人もいるだろうが、このためエルサレムに爆弾を落としてもいいか?と言ったら、いいはずがない。
いったい、何をもって「正義」と言うのだろうか。実態は、国家間の思惑や利害関係が絡み合い、一方の「正義」が他方の「不正」となることがほとんどで、どんなに「正義」を掲げても、紛争、戦争は無差別の殺戮や一般市民の犠牲を生み出すため、単なる「正義」と言う名の暴走でしかない。
そしてそれは、まさに戦争を「正当化」させる理由でしかあり得ない。
この数日間だけでも、民間人の犠牲者は増え続け、人道的被害は深刻な状況だ。
日本だって米軍基地を国内に抱え、リスクが全くないわけではない。私たちは無関心でいていいのだろうか。
悶々とした気分が止まらない。
今日の一句
なぜ起きる? なぜ防げぬか? 堂々巡り…(悶々もん…)