生命の日 2026 ~ プリムラ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

ミラノ大司教区では、先週「聖家族の祝日」が祝われたが、今日2月1日は「生命の日」が祝われた。

 

イタリア司教協議会(CEI)が推進する第48回「生命のための全国デー」は、ほぼ50年にわたり、受胎から自然死に至るまで、人間の生命の不可侵の価値について、コミュニティ全体の注意を喚起してきた。

2026年に選ばれたテーマ「子供たちを最優先に!」は、最も弱く、声を持たないが、受け入れられ、愛され、保護される権利を持つ子供たち、すなわち、受胎し、まだ生まれていない子供たちを中心に据えるという、個人および集団の責任を強く訴えるもの。

おそらく、出生前検査の結果、完璧ではないという理由で、生まれるという基本的な権利を奪われた子供たちのことを考えてみよう、と言うことだろう。

 

というわけで、«Un fiore per la vita»『命に花を』と題し、春を告げる花であるプリムラをチャリティーで販売し、その収益金をミラノ市内にあるマンジャガッリ病院内ライフヘルプセンターを通じ、予期せぬ出産や、経済的困難、身内やパートナー不在の方々の出産や育児をサポートするために寄付するイベントが地元パロッキアで行われた。
 

このイベントは毎年2月初めの週末に行われるが、今年は1月31日、2月1日の土日に行われた。

 

土曜日の夕方のミサ後、日曜日の朝8時半、11時15分のミサ、そして夕方の4回に行われた。昨年から販売のボランティアをしているが、今回は特にゴスペルのレッスンにもぶつからず、静かな週末を過ごしていたので、ミサに出かけるついで、のようで全く問題なかった。

 

パロッキアのSNSのグループチャットで販売スタッフを募集したが、日曜日の11時15分に手を挙げる者は多くても、その他の時間帯は一人や二人、と寂しいものであった。ちなみに私は土日両日夕方のミサ後販売。

 

しかし、土日の夕方のミサは小さな聖堂は座るところがなくなるほど、人が集まる割に、プリムラは売れず。

 

メルカートに行けば一鉢1ユーロあたりである。それが倍の2ユーロとはいえ、寄付のつもりでいれば、気軽に思えるが、ミサの途中に抜け、教会入り口にテーブルを置き、「プリムラはいかがですか?」と言っても通り過ぎてしまう人が多かった。

 

私は3鉢購入。これからの時期、バルコニーに色を添えたかった。

 

150-180鉢くらいあったように思えたが、結局60鉢残ってしまっていた。フランス人共同体のミサもあるので、そこで販売すれば良かったのに、コミュニケーションが取れていなかったのだろう。残念!

 

 
ところで私は、次男だけミラノの病院で出産したが、30代後半であったので、羊水検査を受けた。検査前には出生前検査に関する説明会がった。
 
胎盤の一部(絨毛)を採取し、胎児の染色体異常を高い精度で確定診断する絨毛検査やお腹に細い針を刺し、羊水中の細胞から胎児の染色体異常を分析し羊水検査の説明と、検査結果が陽性の場合、流石にカトリックの国なので、国立の病院では、公に人工妊娠中絶の話は出なかったものの、倫理観に係るような非常にデリケートな内容であった記憶がある。
 
検査を始め、妊娠期は「五体満足=幸せ」という固定観念が問い直される時期であったと思う。障がいの有無に関わらず、すべての命に価値があり、幸福の形は多様。検査は不安解消の一方で、命の選択という重い課題も抱えており、親は子どもの存在そのものを受け入れる心構えが求められた気がした。
 
とはいえ、妊娠、出産、子育て、と言うのは、本当にすごいことだと今更ながら思う。それでも、自分の子育ての怠慢さ(時に子供の心を見ない過剰な期待)を棚に上げ、教育者や世話をする人への文句や批判が多いのも、よく耳にするし、目にもする。なんだかな…
 
そして、プリムラは、ラテン語で「最初の」を意味する「primos」に由来し、冬から春にかけていち早く花を咲かせるサクラソウ科の植物。考えてみれば、2月3日の「節分」の翌日は、「立春」。暦の上ではもう春になるのだ。

 

プリムラの花言葉は、「信頼」「美の秘密」「青春の始まりと楽しみ」。


良い機会を与えて頂いた。

 

今日の一句

冬場でも 霜に負けない 生命力 色鮮やかに 光り輝く