2025年に入り4度目の在ミラノ・北イタリア日本人会のミラノ再発見ツアーに参加してきた。
今回は、サン・セポルクロ教会見学。
1030年頃、ロッツォーネという名のミラノの造幣局長が、古代ローマの広場に教会を建てさせ、聖三位一体に捧げ、大司教アリベルト・ディンティミアーノが厳粛に奉献した。
その年の12月6日付の創建文書には、十字架の形に建てられ、玄関間の脇に二つの塔が立ち、三つの後陣を持つクワイヤがあったこと、また、キリストの受難と復活に捧げられた七つの聖域があったことが記録されている。さらに、街路の水準よりも低い場所に本物の地下教会があり、そこにはキリストの聖墳墓の複製があった。それが地下のクリプト(地下聖堂)、と言うことだ。
1100年7月15日、ミラノの十字軍によるエルサレム征服の記念日に、当時の大司教アンセルモ4世は再聖別し、厳粛に聖墳墓に捧げた。
カルロ・ボッロメオ枢機卿が「ミラノのへそ」(umbilicus)と呼んで、個人的な祈りと瞑想の場として選んだことで、この地下聖堂はかなりの重要性を帯びるようになったと言う。
ところで、この地下聖堂の床は、ミラノの4世紀の古代ローマ時代のフォロ・ロマーノの大理石(ヴェローナ産)が使用されている。フォロといえば、ローマのフォロ・ロマーノを思い出すが、当時ミラノのフォロはローマのそれよりも大きかったとされるが、現在は遺跡状態が点在しているのみ。実際歩道や建物にあった石の一部で舗装されているのが面白い。
サン・カルロは、受難の場面を題材とした24の礼拝堂で構成される都市の聖なる山を建設することを含む、この礼拝堂の大規模な改修に着手したそうだが、様々な事情により、このプロジェクトは完成に至らなかった。しかし、その一部は実際に制作され、現在は上層教会でそれらを見ることが出来る。
地下聖堂は、利用上の問題により過去50年間閉鎖されていたが、大規模な修復工事を経て、2016年3月に再開された。
こちらは、地下に入ってすぐにある壁画。天井は、修復中に見つかったという「パルメット」と呼ばれる天井画で、天使や古代エジプトやギリシャを起源とする唐草模様のようだ。
また、「聖母と聖ヨハネを伴う磔刑」と「三聖人」(左からマグダラのマリア、洗礼者ヨハネ、聖エレナ(コスタンテイヌスの母)の壁画(両者1291-1295年位のもの)が見える。
地下にありながら、息苦しくなるような空間でないのが不思議であった。
アンブロジアーナ聖骸布。オリヴィエーロ・ライナルディ作。2023年展覧会のために制作されたもの。
マリア礼拝堂には、聖母マリアと幼子イエス、洗礼者ヨハネと聖ロッコが描かれている。天井には夜空を模した装飾が施され、中央には太陽が描かれている。(画像が切れていたことに気づいた!なんてこと!)
地上階を支えるために柱が補強されている。
元祭壇に飾られたテラコッタ。
十字架からおろされたイエスの周りには、聖母マリアを始め、マグダラのマリア(イタリア語ではマッダレーナ)弟子であったヨハネ、そしてイエスを信奉していたニケデモとヨセフがイエスの遺体を受け取って葬ったと聖書にはある。ガイドさんは、もう1人「ジプシーの女」と言っていたが、聖書には書かれていない。考えられるとしたら、ヤコブとヨセの母マリアかサロメになるが、いずれにしても、男性の弟子たちが皆逃げてしまう中、イエスの死を見守り、後に香料を準備するために墓を訪れたのは、女性たちであった。
続く…










