夏休み明け、フルタイム2日目。
今朝は誰もビデをやりたがらず。まあ無理にしなくてもいいんじゃない?と思い放っておいた。
とにかく、テレビには走らない様、今日は工作をしよう!といって、ミサンガ作りをネットで見つけたので、厚紙と刺繍糸をもっていった。
材料は全てそろえたので、7本の糸を穴に通すところからツインズの長男と次男に教えてみたが、長男は穴に7本全部入らなかったことで、ドロップアウト。
次男は7本の糸を円の7つの切り込みに一本ずつ挟むところまで自分でできた。
何も挟んでいないところを左手でもって、右から反時計回りで3番目を空の切り込みに挟む。そして、新たに空になったところを左手で持って、そこから右から3本上の糸をまた空になったところに持って来て挟む…それを繰り返していくと、
リリアンのように、円の下から編み込まれた糸の束が出てくるのだ。
三つ編みとはまた違った細かなミサンガがかわいらしい。
3つ厚紙を準備していたが、昼食時、これをみたママさんが感動し、無心で続けていた。無心がリラックスできるのかもしれない。
話は前後するが、昼食は、昨夜私が買い物したので、ご飯を炊き、日本のあらびきウインナーをボイルし、人参しりしりを作った。ママさんは仕事で部屋から出てこなかったが、子供たちに「ご飯を食べる時は、なんていうの?」というと皆「ボナペティート!」といった。しかし、「日本語では、『いただきます!』というの。手を合わせて、料理を作った人にもそうだけれど、お米を作った人、その他食材となってくれた命、またその食材が食卓に届くまでに関わった人、全ての人の労力と知恵に対する感謝を込めていうんだよ。」と伝えた。
理解したのだろうか?皆「イッタダキマース!」と声をそろえて言った。可愛いな。
日本では給食時に「いただきます」廃止に関し、賛否両論あるが、基本的に、食を通して「ありがとう」の気持ちを育むことが大切なんじゃないだろうか? 廃止派の人たちは、家庭でも「いただきます」を言っているのかな?何事も感謝の気持ちは大切。
ところで、午後も、テレビを見させないように、パズル。集中力を欠かせないために、200ピースのパズル、2種類を私とツインズとで競争しよう!と言うことにした。途中でなげるか?と思ったが、いいよ!と大喜び。
この夏、ツインズのノンニ(祖父母)からのプレゼントの2種類のパズルは私の方が、数をこなしているはずなのに、スタートが遅れた。
「見て~、T子は遅いよ!僕たちの方が勝つよ!」「T子はやり方がわからないんだよ。」子供とはいえ、ちょっと嫌味な感じ。今に見てろよ~…必死にやっていたが、なんと三男がおもらし。朝からなんとかおまるでおしっこを成功させていたが、どうも大の方が常に緩めでパンツにされてしまった。ゲゲゲ…
シャワーを浴びさせるため、お風呂に連れて行き、戻ると、私のパズルが全て破壊されていた。どういうこと?ツインズがニヤニヤしている。もう一度やり直した。しかし、その後も何かがあって、ちょっとその場を離れたらまた壊されていた。そりゃないでしょ?
「あなたたちには人に対するリスペクトはないの?」ブちぎれた。彼らは片付けもせず、子供部屋へ逃げ、整理整頓していた部屋を全てぐっちゃぐちゃにしてベッドの上をキャーキャー言いながら飛び跳ねた。毎回、誰かしらが壁やベッドの端に体や顔をぶつけ、大泣きする。ほらね…
すると、また居間に移動し、大騒ぎ。「新たに遊ぶときは、今までのおもちゃや部屋を片付けてからじゃないとだめでしょ?」毎回言っているが、自分の家のルールは両親が決める。T子は関係ない!という。ぶちっとくる。
「学校でも片付けをしないと帰っちゃいけないでしょ?ルールは必ずあるの。自分のことは自分で片付ける!」と言ったが、普段親がそれをしていないのだから、子供たちが出来るわけがない。そうこうしているうちに、再び、三男が兄弟にちょっかいを出したことで、拳骨を食らい、大泣き。ぶち切れて、テーブルにあったものを全部落とし(幸いにして割れるものは何もなかった)、床にあったパズルは蹴っ飛ばし、なんとおしっこの入ったおまるが置きっぱなしになっており、それを投げつけてきた!
「バスター!」大声で怒鳴った。「いつも誰が片付けると思っているの?私はあなたたちの奴隷じゃないんだからね!人に対してリスペクトを持ちなさい!」母親にわざと聞こえるように大声で言ったが、多分聞こえてないことだろう。
子供は時に天使のように思える事もあるけれど、実に天使と悪魔が混在しており、うまく使い分けているなあと常々思うことがある。しかし、我が家の子たちもそうだったか?と思うと、少なくとも幼少期はそんなことはなかったはずだ。別の意味で思春期はきつかったが…。
子供は成長する過程で、大人に対して許される範囲を試すことがあるという。とはいえ、物や人への感謝の気持ちを育む教育は重要だ。物を与えすぎず、物を大切に扱う様育てる。それはまず家庭から始めること。
子供は親の鏡なのだ。
流石の私も、悶々として、最後の一時間くらいは子供達と話さなかった。帰り際、ママさんが仕事が終わらなかったので、テレビをつけたが、その時に、なぜ私が気分が悪いか想像できる?と子供たちに声をかけた。「僕たちが意地悪をしたから。」と次男はいい、長男は黙っていたが、横で次男に「謝れよ!」と小声で言われており、謝ってきた。後日両親には報告しようと思う。このまま大人になられては困る。
自分の子どもであったら、とことん叱るが、他人様だと気を使う。
あゝ、タータはつらいよ。
今日の一句
腹が立つ! 忍耐、忍耐また忍耐 タータはつらいよ!