乾坤一擲 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

かれこれ一年半、毎日携帯電話の「脳トレ」と「「漢字ナンクロ」を続けている。

 

と言っても、デジタルでの脳トレは、やらないよりはいいだろうが、例えば「漢字ナンクロ」は父は亡くなる直前まで、辞書を抱えて「漢字ナンクロ」雑誌に鉛筆で書き込み、四文字熟語集を自分で作っていたくらいだった。なので知識と記憶力は私とは比べ物にならないと思うが、毎回知らない熟語・単語が出て来た時は、意味を調べるようにしている。(でも結局デジタルで見るだけだから、身につかないのだが...)

 

今日もまた、知らない四文字熟語に遭遇。

 

「乾坤一擲」と書いて「けんこんいってき」と読むようだ。

 

 


 

唐代に生きた韓愈(かんゆ768〜824年)という人物による詩が由来とか。


過鴻溝(鴻溝・こうこうを過ぐ)

龍疲虎困割川原(龍疲れ虎苦しみて川原を割く)
億万蒼生性命存(億万の蒼生 性命存す)
誰勧君王回馬首(誰か君王に勧めて馬首を回らしむ)
真成一擲賭乾坤(真成に一擲 乾坤を賭す)

 

龍虎は疲れ、野山を分かち
民草こぞって命永らう
王よ 追えとは誰が言ったか
いざ賽を振れ 天下を賭けて

 
つまり、自分の運命をかけるほどの大勝負の際、サイコロを投げて天(吉)と出るか、地(凶)と出るか運命を占った中国の故事からきている言葉だと言う。
 

しかし、「賽は投げられた」であれば、後戻りはできないはず。では「一か八か」か?と思ったが、それは勝負事全般を表すが、「乾坤一擲」の場合は人生や全てを賭けたより大きな勝負を表すと言う。微妙にニュアンスは異なる。

 

人生という賽は投げられた。

人生を賭けた一か八かの大勝負
人生の乾坤一擲

 

日本語って難しい。アラ還になっても知らない言葉が一杯!

 

日々勉強だな。

 

今日の一句

乾坤一擲 サイコロ投げて 人生託す