イエス・キリストの御受難を思って祈る聖金曜日。
ミラノでは大抵15時ごろ「主の受難」の儀式が行われるが、仕事で行けなかった。地元パロッキアの「主の十字架」は夜21時からで地域を行列で回りながら祈りを捧げるものであったが、体調と天候を考え、仕事帰りにサンタンブロージョへ。
十字架の道行き後、下ろされた十字架上のイエス。釘を刺された部分や、槍で刺された胸に触れ祈りを捧げる。その傷に口づけをするイタリア人も多い。
夜は、ネットでローマのコロッセオで行われた十字架の道行きを観た。
ローマ教区における教皇代理司教バルダッサーレ・レイナ枢機卿による司式であったが、黙想のテキストはパパ様ご自身によって準備されたものであった。
十字架の道行の各場面では、ローマ教区を代表する、若者や、家族、ボランティア、修道者らが十字架を掲げて歩み、コロッセオ周辺の遺跡地帯に集ったおよそ2万人の信者らと、イエスの受難の道を共に黙想しながらたどった。毎回そのスケールの大きさには驚かされるが、現地にいるよりも、テレビやネット配信の方がすべてを総合的にみられるなあと感じる。
十字架の死に至るまで、神を愛し、人を愛し、自分のすべてを捧げつくしたイエスに倣って生きられますように。




