>コミュニケーションをとるとは、自分のものを他者に与えるために、自分自身から少し外へ出ること、だとおっしゃる。
また、
>コミュニケーションとは、単なるアウトプットではなく、他者と出会うことでもある、と。
ニュースソースは正しいのは当然として、伝え方と言うのも重要だ。
また広報関係に関わらず、一般の生活の中におけるコミュニケーション、つまり意思伝達は非常に重要。
日々の生活や仕事が円滑に、そして穏便に行くためにも、コミュニケーションは大切で、ただ一方的に自己主張するのではなく、相手の状況や周りとの関係も慮っての発言が重要と改めて思う今日この頃。
「なんでそうなるかな...」「なんでそう言う言い方をするかな...」いろんな状況で思う。あまりにも感情に流された発言に傷ついた人の相談もよく受ける。「そりゃないよね。」「理不尽だよね。」としか言えない時さえある。
古くから日本では「黙して語らず」「空気を読んで察する」と言ってきたが、それは相手との関係が信頼関係で結ばれており、良好であればそれもうまく行くかもしれないが、相手の性格、世代の差、国民性の違いなどからは決してうまくいかないこともあると言う事。
会話主の「関心の対象の違い」は、特に大きく、また毎日忙しい日々を送る私たちは、自分の貴重な時間を優先しようと結論を急ぎ、すぐに「問題解決会話」に移ってしまう。
相互理解とは文字通り「お互いに理解すること」。価値観や考え方、立場が異なる人たちと協働する場・組織において、相互理解を深めることは非常に大切。
その基本はやはり相手の話を「聴く」事なんじゃないかと思う。相手の話を注意深く聴いたり、相手の伝えたいこと、知ってもらいたいことを理解し、相手の感情に寄り添ったりすること。
余談だが、「訊く」とは、自分の興味や関心があることを尋ねる、質問する事だろう。質問することで、相手のことを知り、相手を理解することができる。
相互理解を進めるためには聴くことがとても重要。相手に誠実な関心と興味を持って、相手の意見や気持ちを汲み取ろうとする姿勢があってこそ、「訊く」ことが信頼関係に繋がるのではないだろうか。
相手の話を「聴く」ことで相手も「自分の話をちゃんと聴いてくれる」「自分を理解してくれる」と感じ、自然と本音や率直な意見を返してくれるようになる。
私個人然り、悩みを聴く友人の話を聞いて思うのは、相手の「役割や機能」だけ求められ「個人」として興味・関心を持たれていないと感じるからだろう。
相互理解につながるコミュニケーションでは、相手に誠実な関心を持つことが大前提。仕事や組織でのコミュニケーションは、相手の役割や機能に関心が行きがちだ。しかし、役割や機能の部分でコミュニケートしても、信頼関係はなかなか深まらない。
何事も、ギブアンドテイク。そして、柔軟性なんだよな…。
今日の一句
相互理解 耳傾けて 愛込めて
