2014年から所属する在ミラノカトリック日本人会では、当時お世話になっていたマリアバンビーナ(幼きマリア修道会)が主催している里親プロジェクトを通じ、当時4歳だったミャンマーの少女を支援して来た。
彼女が生まれる前後に父親が行方不明になり、途方にくれた母親が、ミャンマーの修道院の戸を叩いたのだそうだった。結局父親は亡くなっていたことが判明したと聞いている。
支援し始め、はじめの頃は修道院から彼女の成長記録が送られてきていたが、ある時から直接彼女から英語で書かれた手紙が届くようになった。
小さい頃は、暗いイメージだった女の子も徐々に成長して可愛らしい少女になっていく様子がわかった。
またミャンマー政府の状況が少しわかる惨劇なども書かれており、苦しい思いもあった。こう言ったプロジェクトは、色々なところでやっているが、人件費など取られる。そうではなく、直接寄付したお金が有効に使われる事が希望するが、国の事情で送金も出来ず、シスター達が現金を運ぶと言う、体を張った実情を聞いていただけに、少女の生存は常に気にかかるものであった。
また個人的には、こういった支援金は、ポケットに余ったお金から出すのではなく、何かをし、自分の身を削って得たお金を出すことに意味があると思い、この10年間、微々たるものだが、編みぐるみを作りまくって来た。
購入してくださり、あちこちに広まった編みぐるみも各家庭で名前を付けて頂き、可愛がって頂いている。
年内に編みぐるみを頼まれているので、物産展の仕事の移動に作成中。今週で体はできた。
そんな支援もあと一年くらいかな、と思っていたら、看護学校で勉強していた少女も14歳。早くも働き出すようで、支援は終了です、とプロジェクトの委託先から連絡が入った。
支援を必要としている子はまだまだ溢れているので、今後のことはメンバーで話し合うが、彼女の成長は嬉しいが少し寂しい感じ。
またFBの友人を通して素晴らしい活動を知った。
家で眠る毛糸を復活させる活動なのだそうだ。
私も不要になった毛糸を多くの人から頂き、編みぐるみや小物を作っては、バザーを開いているが、そうそう使い切れるものではない。
要らないもの、と言う言い方は良くないが、自分には不要になっても誰かの手を通し、誰かの元へ行き、必要としている人を手助けできることは素敵なこと。
上記を紹介された方も、病気や怪我などの療養中の方や逆境や試練、災害などの苦悩の中にある方、規則や不安の中にいる方々を、祈りを込めた編んだショールで支援されておられる。
手が使える限り、誰かのためになれば嬉しいと思う。
今日の一句
祈りこめ 息を吹き込む 編みぐるみ



