蛇を踏む聖母マリア | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

数年前にFBで知り合い、交流を深めている方と初めてお会いして来た。

 

小田急線の藤沢駅で待ち合わせ。ランチの前に駅から徒歩4ー5分のところにあるカトリック藤沢教会を訪問。

 

駅近なのに大きな八角形の聖堂でびっくり。

 

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昭和30年に松林に囲まれた丘の上に献堂された教会は、その後昭和38年頃から市の区画整理で丘は現在の平地になり、新教会は昭和45年に献堂されたのだそうだ。

 

ヨーロッパでは、ロマネスク時代の教会の塔や洗礼堂の「八角形」は珍しくない。「8」という数字は、日本では「末広がり」、縁起の良い数字とされているが、カトリックでは、キリストが復活後8日目に弟子トマゾに現れたことから、「復活の象徴」となっている。

 

ところで、内部に入り、感じたのはステンドグラスがピート・モンドリアンの世界のよう!ちなみに一緒に出かけた友人は、献堂の際寄付をされており、このガラスのどれかが私の寄付したものだわ、とをおっしゃっていた。教会の歴史を知る方には、感慨深いものだろう。


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またお御堂の外側には障子のようなガラスの戸があり、それが和風を醸し出していた。

 

奥に小さなお御堂があったが、そちらにマリア像があった。よく見ると蛇を踏みつけているではないか。

 

 

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また、よく見ると赤いりんごを咥えているではないか。

 

蛇といえば、『旧約聖書』の「創世記」にある「蛇の誘惑」を思い出す。聖書では、人間のはじめとされるアダムとイブが神から食べることを唯一禁じられていた「善悪の知識の実」を蛇に唆されて食べたことから、原罪が始まったとされている。

 

蛇は罪のシンボルであり、その蛇を踏みつけていることで、無原罪、罪から守られていることを象徴している。聖母マリアが踏みつけている蛇の口には、このエピソードから「善悪の知識の実」が咥えられている。

 

余談だが、りんご栽培は有史以前に始まったとされている。りんごが最初に栽培されたのは新石器時代で、8000年ぐらい前の炭化したりんごがトルコで発掘されている。紀元前1300年にはナイル川デルタ地帯に果樹園があり、ギリシャ時代にはりんごの野生種と栽培種を区別し、接ぎ木で繁殖させる方法が書かれ、ローマ時代になるとりんごの品種が載った本が出版されている。

 

日本ではりんごというと赤いイメージが強いが、欧米ではメーラ・ヴェルデ。緑色のりんご、つまり日本で言う青リンゴだ。聖書には書かれていないが、先日お会いしたハーブストーリーカフェのつちや先生も本当は創世記のアダムとイヴのりんごは青りんごであったと仰っていた。

 

話は基、清雅な趣きがある聖母マリアが、足元の蛇を踏んでいるとは非常に興味深い。

 

まさに、「主の祈り」の

 

>私たちを誘惑に陥らせず、悪からお救いください。

 

の部分を祈らずにはいられなくなる。

 

 

 
こちらはお庭にあるマリア像とヨセフ像。

 

 こちらでは蛇は踏んでいない。

 

 
聖母マリアの人生にはさまざまな困難が起きたが、常にマリアは失望したり、無気力になることもなく、全てを受け入れ、より広い視野で見渡す眼差しを持った。マリアは母として命を与え、世界を守ろうとされた。聖母マリアは女性の模範でもある。
 
私たちが、試練を恐れず、主は忠実な方であり、十字架を復活に変えてくださるという喜びにあふれた確信のうちに、すべてを「心に納めて、思い巡らす」ことができるよう、聖母が助けてくださいますように。
 
またコロナ禍を挟み、やっとお会いする事が出来たK子さんに感謝。
 
 
今日の一句
心に納め 思い巡らす 聖マリア