真夜中の ~ その10 ドラマとチャット | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

ほぼ毎日、タイムリーに日本のドラマや映画を観ては、感想を言い合ったり、勧め合う友人がいる。

 

7月1日に放映された『しゃべくり007』では、俳優の市村正親さんが長男・市村優汰さんと共演し、愛情弁当やオペラ風お誕生日会など、親子愛エピソードを語られた。

 

そして既に離婚はしているが、元妻の篠原涼子さんのことを、ママと呼び、「産んでくれたママに感謝」と言っていた。

 

上記友人に「見た?」といい、「愛情深い人」なのね、と意見一致。遅い子供であったし、子供に対する思いは一層熱いのか...と思った。

 

ところで、先日のNHK大河ドラマの「光る君へ」では、まひろがいとに「おっしゃることは正しいのけれど、殿様にも逃げ場を作ってさしあげないと。夫婦(めおと)とはそういうもの。思いをいただくばかり、己を貫くばかりでは誰とも寄り添えません。それが愛おしいということでございましょう?」

 

つまり、夫婦とは、己を曲げて互いが寄り添うもの、と諭されるシーンに「なるほど」とちょっと考えさせられた。

 

 

たとえ自分が正しくても、相手の気持ちを少し思ってあげて逃げ場を作ってあげる...たとえ自分が正しくとも、己を貫くのではなく、己を曲げて誰かと寄り添う。それが愛しいということ。

 

再び、なるほどなあ、とこの年になって思う。

 

これは、夫婦に限らず、親子、友人、仕事云々普段の生活における人間関係の中でも大切なことではないか?

 

真っ直ぐすぎて、似たような人と正面衝突を起こしそうになることがよくある。たとえぶつからなくても、後悔と後味の悪さが残るのは一緒。


「自分は正しい」その正当性を持って、お互いが突き進めば、たとえ両方の言い分が正しくとも、うまく噛み合うはずはない。ぶれないことも大切だが、人間関係においては、時に譲歩も必要だろう。


意地を張れば、最終的には相手がどうこうよりも、自分の中の負の感情が大きくなり、どうしようもない気持ちになることが多い。

 

相手の言い分はわかっても、その場合は違うでしょ、と思っても相手に逃げ場を与えるか...自分の正論をぶつけすぎる傾向があるなあと思った。

 

人と寄り添う....か。

 

ドラマを見て、友人とチャットしながら考えさせられた。


今日の一句

ドラマ見て 妥協と諦観 達観想う