イタリアでは、人が亡くなられると、住んでいたアパートの出入り口に亡くなられた方の氏名と葬儀の案内が張り出される。
今日仕事中、夕方のツインズの学校行事に持っていくお菓子の買い出しに出かけた時は、何もなかったが、戻ってきた時にアパートの入り口に画像の案内があってびっくり。この苗字どこかで見た覚えが…エレベーターに戻ってくると、お隣の扉に貼ってあったプレートがその方の苗字であった。
えっあの人が?
数年前に奥様を失くされたと言うが、まだ70代後半か80代になっていたのだろうか?小綺麗にしておられる老紳士であった。なんどかツインズを連れて歩いていると、よく声をかけられたものだった。
ところで、イタリアでは一般的にご遺体は、病院で亡くなられてもいったん自宅に引き取られ、葬儀社の手で湯灌が行われるのだそうだ。
葬儀の案内を見た後ではあったが、考えてみればアパートの前には、霊柩車ではないが、濃紺のメルセデスのゆったり大きめのVクラスが止まっていた。あれがそうだったのだろうか…。
ツインズを幼稚園に迎えに行き、一度帰宅。一時間後にママさんが子供たちを連れて幼稚園のフェスタに戻ったが、ツインズはアパートの玄関先にあった案内をみて、「これ何?」と聞いてきた。「お隣のおじいちゃん、○○さん、覚えてる?」というと、二人ともはて?という顔をしていたが、「お空に行っちゃったんだよ。ずっと眠っているの。」というと、次男は"Ammazzato?"と聞いてきた。「殺されたの?」。どこからそんな言葉を覚えるんだ?と思って思わず笑ってしまった。こういう場合は"(è) mancato"、逝去とでもいおうか。亡くなる、死ぬは "(è)morto"。確かに日本語も使い分けるが、子供なら仕方ないとはいえ、Ammazzatoには驚いた。
帰宅し、彼らは遊んでおり、私も乾燥機から洗濯物をだしたり、洗濯したものを乾燥機にいれたりしていると、次男がやって来た。
「ずっと眠っちゃうってどういうこと?」と聞かれた。「そうだね、病気だったのかな?神様の元で、安らかに暮らすんだよ。」「嫌だよ。僕はずっと眠っちゃうのは。薬を飲んでずっと起きていたい。」と言った。
その時、まだツインズらには4人の祖父母が健在であるわけだが、この子には、お隣のシニョーレの永眠が、何気に死生観を芽生えさせ始めさせ、そして私はその死生観の形成する場に立ち会っているのだ、と感じた。それは彼の両親ではなく、全く関係ないタータであるのだが、ある意味重大な役割だと感じた。
しばらく次男は私にまとわりついて(笑)「ねえ、T子もずっと眠っちゃうの?」と聞いてきた。「あはは。明日のことはわからないけれど、あと2-30年後くらい先の話かなあ?」と言った。「Rは、まだ小さいんだよ。生まれてもまだ4年も経っていないの。80年、90年、それ以上生きている人がお年寄り、と呼ばれるけれど、まだまだRはいっぱい遊んで、勉強して、成長しなきゃいけないの。」というと、「僕は大きくなりたくない。ずっと小さいまま、子供でいたいよ。」といった。
彼は非常に頭の回転が速く、賢く、そして感受性も強い。長男は全く何も、お隣のシニョーレのことには触れてこなかった。
お隣のシニョーレとは特別親しかったわけではなかったわけなのだが、やはり「死」「永眠」ということは、寂しい、悲しいものと感じるのだろうか?「T子は空に行かないでよ。」とほとんど泣きそうであった。
今時の子供たちは、小さい頃から、テレビやゲームの普及により、仮想現実の創出によって、死の世界を自由に想像しているように思える。しかし、テレビ・ゲームから日常的に子供の目に暴力や死がさらされることから、現実と架空の区別の困難さが生まれてはならない。
今日のことは、ママさんとは時間がなかったが、パパさんには伝えておいた。非常に驚いておられるようであった。
幼児は、常に様々な経験や学習によって認知を発達させていく。それは、個人にとって思考や感情の基礎となり、これが徐々に死生観の形成にもつながていくのではないだろうか?と思う。
大切なのは、子どもたちに、彼らの「存在」を大切にするよう教えること、そして他者との触れ合いを大切にする、自然との触れ合いも大切にする。そして、徐々に生命の初めと終わりを知る機会も増えてくることだろう。
幼少期に受けた感情や感動は、いつまでも心のどこかに残っていたり、何かのはずみに思い起こされたりして、これからの人生の折々に生きる支えとなったり、判断の道しるべとなってくれることだろう。
自分は大切な存在。また何事にも「生」と「死」があるもの。きっと今はわからなくても、この感情がまた湧き出す日が来るんだろうなあ。大切な日に立ち会わせてもらった。感謝!
今日の一句
今ここに 僕らはみんな 生きている
