ママ友は子育ての戦友?! | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

ドタバタ走り回り、体調も今ひとつだった11-12月。

 

今では幻だったのか?と思うくらいのんびり、ダラダラ過ごしている。来週からまた時間に追われ、四六時中物事考えている生活に戻るのかと思うと、都合によってYouTubeの倍速時間のように速くしたり、遅くしたりしてしまいたい!と思ってしまうのは、私だけだろうか。爆

 

のんびり、といってもこの休暇中は、なんだかんだ言ってよく人に会っているのだけれど、数年ぶり、下手したら十数年ぶりに会う友人も多く、また偶然トラムで出会った人もいたりして、お互いの生活やら子供たちの成長を語り合った。

 

しかし、なぜかほとんどの人と「変わってないねえ!」と言い合う。あれは何なのだろう?誉め言葉なのだろうか?確実に会っていなかった分、年を取り、更けているはずなのに(少なくとも自分は)相手には昔のままね!と言ってしまう。もちろん、悪気は全くない。もちろん、時に思い切り太ったり、痩せたり、(大抵は前者)男性の場合は、頭が薄くなったり、大きな変化もあるだろうが、今回会った友人たちは本当に変わっていなかった。(しつこいか…)

 

ところで、先月に行われた物産展では、長女と滞在許可証の件でミラノに戻ってきている長男と一緒にバイトをしていたのだが、長男は東京でのバイトの経験を活かし、バーテンダーを任されていた。私は18時に仕事が終わると、長男のところへ行き、アぺリティーヴォをしてから帰っていたが、大抵そこでどこかで見たことがあるな…と思っていると、「シニョーラ!」と言っては、長男の中学、高校時代の友人やら友達の友達、小学生の頃やっていた野球のチームメイトにも会った。

 

皆、長男がそこでバイトをしているのを知ってきていたようだが、ある日、「今日誰に会ったと思う?」と聞かれ、話を聞いていたら、幼稚園、小学校時代ずっと仲良しだったロレンツォが偶然来て行ったのだということだった。

 

長男が日本人だとわかり、「僕の友人でサンシーロ地区に住んでいる日本人がいて、Yっていうんだ」と声をかけてきたと言う。そして思わず「それって僕だよ!」といって再会を喜んだのだそうだ。かれこれ14,5年ぶりだったのではないだろうか?

 

誕生日が近く、幼稚園、小学校時代2,3回一緒にお誕生会をしたことがある。そして、彼の母親は、我が家の前にある病院の敷地内にある重度の障碍者のための学校の先生をしていた。

 

彼らは近所という近所に住んでいたわけではないが、母親の勤務先に近い幼稚園として我が家の子たちが通った幼稚園・小学校を選んできていたわけだ。そして彼には6歳年上の姉もいて、やはり同じ幼稚園と小学校に通っていた。

 

子供たちが卒業をしても、母親の職場は我が家の真ん前なので、私がバルコニーで洗濯物を干していると、声をかけられることもあったし、地元で偶然会うこともあったが、ここ数年会うことはなかった。

 

それが彼女から年始の挨拶のメッセージをもらい、そういえば子供たちが会ったのよね…と書いたところ、「私たちも会わない?」と声をかけられ急遽会うことになった。

 

彼女は昨年末ついに仕事を退職していた。定年するにはまだまだ早かったが、彼女の母親も姑も90歳を超え、仕事を終えてから彼女たちの世話をするには心身共につらすぎるし、とにかく仕事がきついこと、精神的にもついに限界だと思ったということだった。私も乳幼児の世話をするのは、体力や忍耐もいるが、重度の障害児、とくにほとんどの児童生徒が車椅子で話すこともできない状況での授業というのは、想像もできない。時に凶暴になる子もいるらしく、怪我をさせてはいけないし、常に神経がピリピリしていると言っていた。彼女は私より4,5歳上だったので、さすがに60過ぎての仕事はきついはず。私もシッター業は60がリミットかな…と最近脳裏を横切ることが多くなってきた。

 

…と前置きが長くなったが、彼女との話は、ほとんど子育ての思い出、そして現在に至ることだった。

 

お互い、忙しすぎて自分に余裕がなく、子育てを十分楽しめなかった、と話した。渦中にいれば本当に大変なのだが、過ぎ去ってみればあっという間。そして良い思い出。なんだかんだ子供とぶつかりながらも頑張って来た自分や仲間が戦友に思えてしまうくらいだ。

 

また彼女のお嬢さんは我が家の長女より3歳年上だが、お互い大学院まで卒業したものの十分仕事内容やら勤務時間数、お給料面でも納得のいく仕事は少ないという共通の問題が分かった。学歴が高ければ高いほど、いい仕事が見つからないのがイタリアの現状だ。学歴の高い人たちが海外に流れる理由の一つ。

 

誰か他にもママ友に会ってる?と聞かれ、他に誰がクラスメートにいたっけ…といろいろ話した。意外にもFBでいまだにつながっているママさんたちはいるので、彼女たちや家族の様子を知ることは出来る。今度ママ友だけで同窓会をしようよ!と話が盛り上がった。当時は、外国人(ほとんどがフランス人、ドイツ人、日本人)が多かったが、意外にミラノに残っている人たちは少ない。

 

そして、長女が幼稚園(最終学年)に入り始めた時、社会人になったばかりだった先生が現在の校長なのだと聞いて驚いた!当時付き合っていた彼と結婚をし、3人の子供をもうけ現在は離婚したと聞いた。クラスメートの両親もかなり離婚していることを知った。とにかくイタリアでは離婚率は高い。そういう時だけ、年月を感じてしまう。

 

帰宅してすぐに、当時のアルバムを漁り、皆可愛かったな…と見入ってしまった。

 

 

 

 
 
ちなみにこの二人は今やかなり太ってしまっているから驚き。
 
子育てが終わると、今度は介護ね、と皆が言う。
 
あゝ、日々丁寧に、そして沢山の思い出を刻んでいきたいと思ってしまった。

 

今日の一句

子は育ち 老後を愁う 余裕なし

(思い煩わず、今を一生懸命生きようよって事)