元旦の夜、友人に誘われて宮崎駿監督の映画”Il ragazzo e l’arirone” 放題「君たちはどう生きるか」を観てきた。
放題の「君たちはどう生きるか」は作中に出てくる小説名で、主人公の亡き母が、息子に残した一冊だった。それがなんでイタリア語は”il ragazzo e e l’airone”(少年と(青)鷺)なのか、"come viverete"ではないのか?
確かに少年を、まさに宮崎駿ワールド!とも言える幻想的な虚構の世界に青鷺が導いていくわけだが、つまらないタイトルだな...と思っていたので、きっと友人に誘ってもらわなければ、観に行かなかった作品だったと思う。
...と前置きが長くなってしまったが、元旦は日本語のオリジナル版で、上映開始はなんと22時からであった。
クリスマスから食べ過ぎで、元旦には既に胃もたれ、食欲という食欲もなかったが、ワインを2杯飲んで行き、暖かい映画館で案の定ウトウトしてしまった。(後半は暖房が切れ始め、寒くて寒くて頭もしっかり目覚めている状態であった!)
大体のあらすじはわかっているつもりだったが、細かい部分をかなり見落としただろうし、まず声優名は聞いていたものの、誰が誰の声、とまで調べて行かず、またあのキャラクターはなんなんだ?何を言おうとしたのか?何をしようとしたのか?沢山疑問が残った。
うーん、モヤモヤするなああ、と言うことで今日も再び同じ映画を観に行ってきた。笑 今回は1人で、そして割に家に近い映画館にしたら、再び日本語のオリジナル版であった。
案の定、「えっこんな場面あったっけ?」というところが数か所あり、元旦ではかなりウトウトしていたことが判明。苦笑
> 太平洋戦争末期。母を空襲で亡くし父と疎開したものの、新生活を受け入れられずにいた少年。ある日、彼は大叔父が建てたという洋館を発見し、謎のアオサギに導かれながら洋館に足を踏み入れる。
上記は映画紹介などに書かれている映画のあらすじ。
主人公の真人は母の死がトラウマで、炎に包まれた母に「助けて!」と何度も呼びかけられる。母に似た新しい母を受け入れたいのに受け入れられない。現実と異世界を接合できる謎の洋館。(ナルニア物語の洋服ダンス然り)
ところで私は、本でもドラマでも気になるセリフはメモする習慣があり、映画も然り。しかも暗闇で書くメモは後から読み直すと凄いことになっている!
『ワレヲ学ブ者ハ死ス』(大叔父の墓の門に書かれた言葉)
『お前にこの積み木を託したい』(大叔父が真人に対し発した言葉)
『この世界の秩序のルールをかえよう』(インコ大王)
『僕は現実の世界で生きていきます』(真人の言葉)
大量のナマズに、カエル、ペリカンにインコ…糞やら羽が飛んでくることを想像しただけで倒れそう!
登場人物の一人一人の意思と思い。連想が連想を呼んだが、母の死を受け入れ、義母を「母さん」と呼んだところはぐっと来た。
最近は異世界転生とか転移する小説や漫画・アニメが人気で"ISEKAI"というジャンルさえ定着している。けれど、個人的には宮崎監督は、異世界、幻想よりも現生を、現実を生きようと言っているのではないか?と感じた。
鑑賞後、再び、日本語、イタリア語で書かれた映画の解説やら考察を読み、なるほど、そうなのか…と思いを巡らす。もう一度見ておかないとだめだな。爆
僕が生まれた日の空は 高く遠く晴れ渡っていた 行っておいでと背中を撫でる 声を聞いたあの日
季節の中ですれ違い 時に人を傷つけながら 光に触れて影を伸ばして 更に空は遠く
風を受け走り出す 瓦礫を越えていく この道の行く先に 誰かが待っている 光さす夢を見る いつの日も 扉を今開け放つ 秘密を暴くように 飽き足らず思い馳せる 地球儀を回すように (by 米津玄師)
今日の一句
生きる意味 真人と共に 考える
