謹賀新年2024 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 

 

 

 

新年あけましておめでとうございます。
 
今年もまたサンタンブロージョへ初詣に出かけてきた。
   

1月1日は「神の母聖マリア」の祝日。福音の箇所は主の降誕・夜半のミサの続き。

 

日本では、クリスマスが終わるとすぐに正月の飾りとなるが、欧米の教会ではいまだにクリスマスの祝いが続いており、馬小屋にお生まれになられたバンビーノ・ジェスー(幼子イエス)が飾られ、大きな祝日は8日間かけて祝う伝統がある。

 

今日はミラノのアンブロジアーノ典礼においても、降誕祭を締めくくる「降誕八日目」に当たる。教会はお生まれになったイエスの光の中で新年を迎えると言うこともできるだろう。


また、パウロ6世教皇はこの日を「世界平和の日」と定めた。年の初めに当たり、人にはそれぞれの願いがある。しかし、人類共通の願いとしてすべての人の平和を祈るよう教会は呼びかけている。
 

マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。ルカ2:18

 

 
祝福(Benedizione)とは、神と向かい合うこと。(顔と顔を合わせる)
神の御顔が祝福であり、御顔の瞳が祝福なのだという。
 
これから一年、苦労や忍耐が待ち受けているかもしれない。けれど、主であるバンビーノ・ジェスーの御顔を探し求め、黙想しましょう、と司祭はおっしゃった。
 
ちなみに途中、黙示録がどうこう…と言っていたが、帰宅してから調べると、黙示録の22章4節に「神の御顔を仰ぎ見る」とあった。私たちは、罪を犯すと「主の御顔」を避けがちだ。キリストを通し、神と「顔と顔をあわせた」交わり、「神の御顔を仰ぎ見る」とは、神との永遠の友情に中に生きることなのだろう。
 

ミサ後、今年度の守護聖人となる聖人の御絵を頂きに、列に並んだ。

 

私の今年の守護聖人は、教会博士の一人であるTommaso d'Aquino(トンマーゾ・ダクイーノ )であった。

 

 

 

 

最近はあちこち教会のプレセーペ巡りをしている。

 

 

 

 
サン・ヴィットーレ・イン・チェル・ドーロ礼拝堂 今回は閉まっていたが、拝観は有料。天井円蓋の聖アンブロジウスのモザイクが有名。
 

 

こちらは、地下聖堂にある聖アンブロジウスと聖ジェルバシウスとプロタシウス の聖遺物。サンタンブロージョは、もともとは386年聖アンブロジウスによって上記2聖人に捧げられた聖堂であったが、397年、聖アンブロジウスの没後、2聖人のそばに葬られることになり、聖堂は人々から『サンタンブロージョ』として呼ばれるようになった。

 

 

 
 
 
サンタンブロージョの中央の扉。来年、25年おきに開催されるジュビレオ(大聖年)にこの扉があく。

 

 

その後、トラムで帰宅しようとしたが、電光掲示板がなく何分待ちなのかわからず電話で母と話していたら、トラムが通り過ぎてしまったではないか!
 
とぼとぼ歩きながら、吸い込まれるように、「最期の晩餐」で有名なSanta Maria delle Grazie教会へ出かけ、2度目のミサ。笑

 

  

 

 
 
ここでもバンビーノ・ジェスーにご挨拶。

 

 

 

今日は「神の母聖マリア」の祝日。

 
全て神に委ねるとは、聖母マリアのようにただ忍耐、ただ耐え忍ぶということではないだろう。どんな状況に置かれても、また今の状態がどう展開するか解らなくても、ただ神を信頼し、明日への希望を神に託す、ということなのだろう。
 
その希望、信頼は、時間という長さで捉えるのではなく、『時』という時間を超えた次元で『希望』を捉え、時空を超えた『希望』を神への信頼で繋ぐことを教えているように感じる。それは言葉にするには難しいこと。ただ、言えることは信仰を頂いた者の使命だといってもいいかもしれない。
 
新しい年を新しい気持ちで!
 
希望をもって歩んで行きましょう。

 

 

今日の一句

心に納め 思い巡らす 聖マリア