ギフト | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

現在、彼氏と彼の父親、そしてその父親の友人を引き連れて帰国中の長女。

 

現在、彼をはじめとするイタリア人グループが関西方面を旅行中なので、長女だけが私の実家の母を訪ね4日間だけ共に過ごしている。

 

ところで、長女は帰国して出産したので、しばらく実家で過ごし、その後も年に一度帰国。一度帰国すると丸まる2カ月は滞在していた。2013年の震災のあった年は帰国しなかったが、その後も年に一度の帰国。コロナ禍もで2019年の帰国が最後となり、4年ぶりの帰国となった。

 

母と連絡を取るためLineでつながったそうだが、翌日来宅する連絡が来たので、母が駅まで迎えに行くと言ったら、「自力で行くから大丈夫。来ないで!」と言われたという。日本語が直接的な所があるのでストレートに聞こえるが、80代の祖母に無理しないで、ということなのだが、母曰く「面白い子ね」と。

 

母の手作りの夕食の画像が長女より送られてきた。白米だけでもごちそうだ。お味噌汁にアジの開き、きんぴらごぼうなど純和食。普段食べられないものばかりだから、喜んだことだろう。

 

翌日は、私のいとこと叔母が迎えに来て、母方の実家と父のお墓参りに出かけたそうだ。だんだん私に似てきたと口々に言われたそうだ。そうなのかな?今の私が父と母を足して2で割ったような姿になって来たと自分でもわかるくらいなので、長女のことはよくわからない。

 

ところで現在の長女は27歳。私がイタリアに来た年齢だ。なんとなく感慨深い。

 

そして、前夜遅く出張から帰宅した長男と共に長女は、私の弟と、弟の子、つまり彼らのいとこの高校の文化祭に出かけたそうだ。甥っ子は高2で文化祭実行委員だったそうで、忙しくて1分くらいしか話せなかったという。子供たちにとっては、日本の文化祭は初めてで、しかも中高一貫男子校のそれは珍しく感じたことだろう。

 

その後、巣鴨のとげぬき地蔵に出かけたのだそうだ。長女は母に、ボケ防止のお守りを購入したという。笑

 

 
その後、居酒屋のようなところで食事をしたようで、弟といろいろ話が出来たという。お酒が入ったせいか、弟は父が亡くなり、後悔がいっぱいあるのだと語ったのだという。もっと一緒に飲めばよかった。もっと会ってもっと話したかったし、一緒にいたかったと。それでも、父が亡くなった後私が居残り本当に助かった。感謝している、と言っていたらしい。(そりゃそうだよ!全部私が手続きしたんだから!苦笑)
 
「おじちゃんはおじいちゃんの時計をしていたよ。もっとおばあちゃんに連絡を取り、会いに行けばよかったのに。日本人はどうして気持ちをはっきり言えないんだろう?」と言っていた。
 
「おばあちゃんにおじちゃんが話したこと話したら驚いていたよ。私の方が大泣きしちゃったよ。」と長女。彼女は彼女で感極まってしまったのだろう。私もぐっと来た。母は強い。父が亡くなった時も、あまり涙という涙は流さなかった。寂しいとはいえ、覚悟はしていただろうし、尽くせるべきことは尽くせたわけで、悔いもなかったからだと思う。
 
その後、私が10カ月母に寄り添い、その後入れ違いに長男が帰国。逆に迷惑をかけているかもしれないが、孤独という孤独に陥る前に、人に手をかけることでぼけていられないんじゃないか?と期待?甘え?もあるが、今回子供達(母にとっては孫二人)が共に過ごせるのは、本当に貴重な時だと思う。
 
私が10カ月実家にいた時は、今まで以上にかけがえのない時を過ごしている感があったが、わずか4日間でも長女自身、それをかみしめているらしい。
 
母はまだ元気でいるが、本当にいい思い出になると思うと話していた。
 
メッセージを読み、一人で涙してしまった。
 
「親思う心にまさる親心」by吉田松陰
 
子が親を思う気持ち以上に、親が子を思う気持ちは強いものだろうが、親を想い、そして子供を想い、3世代に渡り思いあえるのが嬉しい。想い出がふいに溢れ出して止まらなくなる。
 
帰宅して初めて長女は、父の位牌に手を合わせると、母が「おじいちゃん、Mが帰って来たよ!」と声をかけ驚いたのだそうだ。改めて日本人的感覚にカルチャーショックを受けたようだ。
 
だんだん残された滞在時間は少なくなっていく。出発前に彼も家に来宅するそうで、どんな会話をするのだろうか…。その話を聞くのが楽しみだ。