ベルガモの駅から20キロほど離れた街へトラムとバスで移動。人と一緒だから時間も距離も感じなかったが、これが一人での訪問であれば長旅に感じたことであろう。降りる停留所はアナウンスが入らないので、周りの風景をよく見ていないといけない。おしゃべりしすぎて行きすぎてしまい徒歩で戻った。それにしてもまだまだ残暑の厳しい日であった。
日本人のシスターは意外に顔色も良く、笑顔で私たちが待つ部屋に車椅子を押されてやって来た。「あら、あなた最近ご主人と来たわよね?」と言われた。とりあえず先月、多分日本人としては直近の面会だったと思うが記憶に残っているらしいことを嬉しく思った。夫じゃなくって、一緒に行った友人のご主人だったがその辺は多目に見よう。シスター、私の事、わかりますか?と聞くと「顔はわかるが名前はわからない」と言う事だった。耳の聞こえが悪いようで、片目も失明されているので「目は見えない。耳は聞こえない。食べることと眠ることだけが得意です。」と仰った。シスターお祈りは何語でされているのですか?と聞くと祈りの本がないのでイタリア語でしているが、ロザリオなどは母国語だもの、忘れないわよ、と言うことであった。
ところで今月末にシスターは92歳の誕生日を迎えられる。
「シスター、もうすぐで92歳になりますね。」「9月5日です。」「違いますよ~。昭和6年9月30日生まれですよ。誕生日の前の日が大天使ミカエル・ラファエル・ガブリエルの 祝日で、洗礼名がミカエルだったんですよね。」というと、「あっそう。」といいつつ、誕生日を聞くと、また9月5日、となった。そして、年齢を聞くと99歳と…。
そして、以前富山のマリアバンビーナに18年いらしたと言うイタリア人シスターも呼んで頂いた。会った瞬間日本語ではあったが「お会いしたことはありますか?」と聞いてきた。日本ではないが、ベルガモの養老院では年に1-2回お目にかかっている。「ごめんなさい。記憶にありません。」と言われた。
しかし日本人のシスターPは、日本語を話すシスターに「あなた、顔が太ったから誰だかわからなかった」と唐突にも失礼な事を言う。「そうなの。歩いてないから太っちゃった。」と日本語で答える。彼女を送ってきたヘルパーさんが、部屋を出ると迷子になっちゃうから、ウロウロしていると『どこに行くの?』と言って止めるのよ。」と言う事だった。
それでも思い出すたびに「あなた、本当顔が太って誰だかわからなかった」と7-8回ほど言い続けただろうか?最後はちょっとムッとしているようにさえ感じたけれど”invece sei bella!”あなたは綺麗よ、と言われると、顔を顰めて「聞こえない。bellaじゃない」と言う。聞こえてるじゃーん!爆
結局疲れた、とおっしゃるので失礼することにした。なんだかんだ30分くらい滞在していただろうか?
以前シスターPは、日本から戻ってきてイタリアにある修道院の養老院へ入られた時、ご自分は「煉獄」(カトリック教会の教義で、この世の命の終わりと天国との間に多くの人が経ると教えられる清めの期間)におられるとおっしゃっていた。徐々に記憶が薄れていくことを察してそうおっしゃったのだろうか。
いかに「死」に向き合い、「生」を生きるか。徐々に思う様体や頭が動かなくなっていく際、どう受け入れるのか?それは今から未知の世界であるが、そういった葛藤を考えさせられることが多い。
養老院へ行く度、またシスターたちに合えますように、と強く思う。


