道場復帰 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

長い夏休みが明け、2023-24年度の空手の稽古が再開した。
 
私個人も骨折をして4カ月ぶりの稽古。実際は先週の日曜日から師範とのオンライン稽古からスタート。二段補向けのコースは二人しか参加しておらず、本来私は5月の師範来伊の際、昇段審査が予定されていたが、骨折のため11月に延期。再開と同時に、おさらいをほぼプライベートレッスンとして見ていただいた。
 
初日の稽古は、まず黒帯間での打ち合わせから。年始の確認事項は重要。
 
7月の暴風雨で日本人学校の倉庫が浸水し、置いておいたミットや防具、棒などが多少被害にあっており、体育館外の中庭に干した。
 
軽い身体慣らしから。ゆっくりでもしっかり丁寧に打つことが大切。基本では、受けの際、膝を抜くことを意識して練習。

また、黒帯になって、私は組手はしません、できません(私やん!)、というのでは困るので組手も参加するようしましょう、といわれ、コンビネーションの練習に入った。素手で行ったが、相手の40代の女性にかなり真剣に肋骨を打たれる!勘弁してよ…涙
 
何型打っただろうか?骨折した中足骨は衝撃を吸収する部分なので、やはり飛び込んだりするのは怖い、という頭があってなかなか飛び込み動きが出来ず。また、骨折以降足首の可動域が今一つで、気が付くとしょっちゅう足の指を回し、足首もゆっくり大きく回しているのだが、それを忘れると、錆のかかった足首のような動きになってしまう。これまた涙。
 
とはいえ、この一カ月かなり足裏を鍛えたので、だいぶカーブが出てきたように思う。何事も諦めてはいけないと再認識。
 
後半のクラスは、初級の子供から大人のクラス。トライアルが7人いたが、初級の人たちは明らかにこの夏休みほとんど動いていなかっただろうな…という感じを受けたので全員一緒。

我が道場の創設者である宗家岡田先生のお写真を見学のF爺が持って来てくれたので、この方はだれでしょう?と指導者が質問すると、皆「Okada... 」と答える。呼び捨てじゃなーい!「マエストロ・Okada でしょう?」礼をする際、「正面に対し礼。宗家岡田先生に対し礼。師範(指導者)に対し礼。お互いに礼。」と4度礼をするが、宗家岡田先生って誰よ?いや何?みないなイタリア人があまりにも多く、宗家のお写真を持っているF爺が持って来てくれたのだ。
 
道場に入る際、一時的に出る際、そして稽古が終わった際にも挨拶をすること。どのように正座して、挨拶をする時もどのようにするか…ワンシーンずつ説明。よく間違える子供たちにそーっと近づき「いつも両手の順番を間違えるからよく見ててよ!」と言ったのだが、やはり実際の礼の時も間違えていた。礼をする時もお尻を上げるイタリア人が多い。アラーを賛美するのとは違うんだよ〜!

簡単な体操をする際、ふと見ると頭にサングラスをかけている女性あり。ちょっと待った~!!すぐに注意しにいった。またピアスをしていたので、今はいいから次回は外してください、とお願いした。アクセサリーや時計もダメでしょ…言わなきゃだめだし、なぜダメなんだ?と聞いてくる大人さえいるから、こちらの方があっけにとられてしまう。空手に何を求めてきているのか!これ重要!(私は厳しすぎるか?)
 
師範より「アヒルの子は最初に見たものを親と信じてずっと後をついてまわります。私はいつも自分にその覚悟があるか自問自答し、指導中はもてる指導力を全力でぶつけて、終わった時にはくたくたです。でも教えた子にとって最初に習った稽古はいつも色濃くその子(人)の頭に刻まれています。」とメッセージがあった。まさにそうであろう。
 
私が入門した際、誰に習ったのか記憶にないが、帰国中日本の総本部道場の稽古に参加させて頂いた際、上記岡田先生は私たちに当時小学生の黒帯の門下生を私達家族3人に指導者としてつけられたのだが、小学生とはいえ、非常に礼儀正しく、丁寧な言葉で指導してくれ驚いたものだ。こんな小学生みたことない!と。岡田先生にとって、自慢の少年であったことは間違いなし。現在高校生か高校を卒業したくらいだろうか?
 
個人的に用事があり、稽古は早退。それでも初心に戻って背筋が伸びるような稽古であった。
 
今年度から棒術の指導も入る。自分自身の稽古も時間を見つけて行わなければ人には教えられない。また、これ以上新たなことをするのもな…と躊躇していたのだが、鎌の稽古も始まり、購入する仲間も多く、一緒に購入することにした。大丈夫かいな?
 
何はともかく新年度の始まり始まり…