カトリック教会では、5月は聖母月。
聖書によると、十字架にかけられた主イエスは、「見なさい。あなたの母です」と、聖母マリアを教会の母として民を託された。
特に、聖母マリアに対する祈りの中で、幾世紀にも渡り、大切にされてきたのが、「ロザリオ」の祈り。ロザリオの球をくりながら、「主の祈り」1回、「アヴェマリア」(聖母マリアへの祈り)10回、そして栄唱1回を祈り、これが1連。5連で「一環」となる。
私たちはロザリオの祈りを通じ、聖母マリアとキリストを観想する。
今年の5月には、5月13日に「ファティマの聖母の記念日」、5月21日「主の昇天」、5月28日「聖霊降臨祭」、5月29日「教会の母 聖マリアの記念日」そして、月末の5月31日には「聖母訪問の祝日」がある。
ちなみに、2002年聖ヨハネ•パウロ2世は使徒的書簡「おとめマリアのロザリオ」を発表され、「喜び、苦しみ、栄えの神秘(玄義)」に「光の神秘」を加え、この祈りを通してより豊かにイエスの生涯の神秘に触れることができるようになった。
マリア崇敬のために祈り続ける信心が伝統としてなされてきたことは当然のように考えられる。
そして、毎年5月になると、ミラノでは各教区、教会でロザリオをあちこち祈って歩く。特に、ミラノの古いアパートには敷地内にマリアを祀った祠も多い。夜の9時に集合し、歩きながらロザリオを唱えるが、ここ数年、行けないことが多い。
ところで、最近ひょんな事で、日本の信者である友人とメッセージをやりとりし、その流れで彼女主催のオンラインロザリオに参加させて頂くことになった。
コロナのパンデミックは落ち着いてきたものの、世界では戦争や紛争は終わらず、事件や事故、介在格差や人種差別、移民問題、宗教問題、虐待などなど苦しみや悲しみは後を絶たない。
そんな中、聖母の取次ぎを願い、皆と心を合わせて祈りを捧げましょう、ということであった。
本来であれば、平日の日中になるわけで、参加することはあり得ないのだが、怪我をして一日中ソファの上で過ごす日々。それはある意味、私に与えられた恵みの時間であったともいえるだろう。さっそく毎日参加させていただいている。
先週はファティマの聖母マリアに取り次ぎを願うものであったが、今週はルルドの聖母マリア。来週は無原罪の聖母マリア。そして最後の週は信徒発見の聖母マリア。最終日の、6月1日には、長崎出身の方から頂いたという「旅する教会の神秘」で祈るという。
どれも私にとっては初めてのことで、特に日本語で祈ること自体、私には珍しく、送付されてきたものを自分のノートに写し、声に出してみた。そういう意味だったのか…と改めて思うものもあった。
色々な人を思い浮かべ、そして色々な思いや祈りを聖母マリアに委ねロザリオを唱える。
誰も一人で生きていくことはできないもので、支え合うことが大切。自分が弱った時こそ、多くの人に助けられていると実感する。感謝と幸せを感じつつ、人にも優しくなれるように、と願う。
ロザリオの祈りで繋がる!なんてすばらしいこと!


