キリスト教の最大の祭儀は、クリスマスではなく、復活祭であり、イエスがエルサレムに入城した日曜日「枝の主日」から始まった聖週間、とりわけ「最後の晩餐」があった聖木曜日からの3日間は、信者にとって(と言うか個人的に)非常に精神が高まる時でもある。
しかし、毎年迎える行事であっても、精神が高まる分、なぜか憂鬱で気が重くなることも多い。
この時期はほとんど夫が出張中で今や次男と二人きり。家族の予定に振り回されない事は逆にありがたいこと。
特に、特別なお祝いをするわけではないが、形だけ復活祭の大きなエッグチョコレートや鳩の形をした菓子であるコロンバを準備し、トルテッリ―二やトルタパスクワーレなどを作った。
復活徹夜祭は夜の9時から。聖歌隊は8時過ぎに練習があったので、早めに夕食をすまして出かけなくてはならなかったが、その前に少し時間があったので、現在入院中の空手仲間のF爺の面会に出かけてきた。
「ちょうど君のことを考えていて電話しようと思ってたんだよ」、と言われた。先週救急に搬送されてから3回お見舞いに行ったが、一度目は他にも空手仲間がおり、途中から他にも2人とバッティング。二度目は面会が終わる5分前に滑り込みで入り、10分ほどで退室。なかなかゆっくり過ごすことが出来ず。
イタリアでは、“Natale con i tuoi, Pasqua con chi vuoi“ 『クリスマスは家族と、復活祭は好きな人(誰とでも)』といった言葉があるが、やはり家族で過ごす人も多く、ミラノを離れる人も多い。(金曜日の仕事の行きかえりの地下鉄はガラガラであったし、今日の道路もすいていた。)
家族が集まる時期に、一人で病院にいることほど孤独を感じ寂しいことはないだろう。ただ、まわりとしては、一人で家にいられるよりは、病院にいてくれた方が安心なのだが…。病院食がまずい、同室の患者がどうのこうの…と文句ばかり言っていたが、文句を言えるほど元気になったのだろう。笑 見る限り、看護師たちは親切だった。流派は違うが、空手の経験者で三段だったという看護師さんとも空手談議に花が咲いた。
ところでパパ様は司牧訪問の度、現地の刑務所の受刑者や病院の患者と面会される。また教会での祈りも必ず受刑者や病者のために祈ろうといわれるが、なかなかできないもの。身近にいて初めて人の身になろうというのが、人間なのかもしれない。いや、そうでもない人間が多いのも現実であろう。F爺はいつも自分のために祈ってくれ、という。常に自分は神の御手にある、と。それは決して長生きさせてくれ、とか病気を治してくれ、というのではなく、自分の身を神に委ねる姿に心を寄せてくれ、ということなのだろう。
「人は皆、人にしてもらうことばかり、要求するけれど、人生は"ricevere" 「受け取る」よりも "dare" 「与える」方が、大切なんだよ。」とF爺は言う。聖書の使徒言行録でも「受けるよりは与える方が幸いである」と言っている。与えることは、御父から受けることにつながるということだろう。
話は基、夜の徹夜祭では、F爺との約束通り、彼のために祈った。苦しみもまた十字架だ。その十字架をキリストと共に背負う。どうか、彼に力を与え、また慰めてください、と…。
ミサでは二人の乳幼児の洗礼があった。二人とも真っ白な洋服をまとい、上のお子さんは、小さな王子様か花婿のようでかわいらしかった。
"Cristo è risorto, alleluia"「キリストが復活した。ハレルヤ」。
「闇」と「光」。「死」と「復活」。
空の墓を信じるのは、信仰の力。復活の恵みだ。
この曲を歌うと、ほっとする。しかし歌っている途中から主任司祭は常に手拍子を始める。ヘンデルの曲を手拍子だなんて…爆
私の憂鬱も少し、楽になった。
