聖金曜日。
復活祭直前の金曜日。この日は、一年間で唯一ミサが執り行われない日でもある(ただ、前日に保管しておいた聖体を拝領する儀式は行われる)。
なぜなら前夜の聖木曜日の典礼の最後に行われる「聖体安置式」によって、キリストは私たちから取り去られ「不在」となる。ミサという食卓はキリストが主人であって、私たちを招いてくださることによってはじめて成立する。従って、主人が「不在」であっては食卓、ミサという宴を開くことができない。そのため祭壇には何も飾られず、十字架やろうそく、祭壇布もかけられずに「裸」のままでいる。
聖金曜日は、どこの教会でも、イエスの死刑宣告から、十字架上の死、埋葬までの過程を、14の場面(留)に分け、主の受難を黙想しつつ行う信心業である「Via Crucis・十字架の道行き」という祈りが行われる。
地元の教会では午後の3時と夜の9時にVia Crucisが行われ、夜の方は、地域の住宅街を回って祈ることになっていたが、最近寝る時間があまりにも遅く、かなり疲れがたまっていたので仕事帰りに18時半から始まるサンタンブロージオでのVia Crucisに参加した。
余談だが、ローマでは、毎年コロッセオでVia Crucisが行われるのが恒例であるが、今年パパ様は「戦争の時代における平和の声」をテーマに望まれた。テキストは、パパ様の司牧訪問などを通して、世界各地から届いた、戦争や暴力の中で平和を求める人々の切実な証言と、主の受難の歩みを重ね合わせたものとなった。
「主イエス、御父の永遠のみことばよ、あなたはわたしたちに沈黙されました。あなたの墓へとわたしたちを導くこの沈黙の中で、『十字架の道行』の歩みを思い起こしながら、あなたに向けたい言葉がまだ一つあります。それは『感謝』という言葉です。
主イエスよ、感謝します。傲慢をくじく、柔和さに。
主イエスよ、感謝します。十字架を抱いたあなたの勇気に。
主イエスよ、感謝します。あなたの傷からわき出る平和に。
主イエスよ、感謝します。わたしたちの母として、あなたの聖なるお母様を与えてくださったことに。
主イエスよ、感謝します。裏切りを前に示したあなたの愛に。
主イエスよ、感謝します。涙を微笑みに変えてくださったことに。
主イエスよ、感謝します。誰も除外しないあなたの愛に。
主イエスよ、感謝します。試練の時、呼び覚ましてくださる希望に。
主イエスよ、感謝します。惨めさをいやす、いつくしみに。
主イエスよ、感謝します。わたしたちを豊かにするために、ご自身を無とされたことに。
主イエスよ、感謝します。十字架をいのちの木に変えてくださったことに。
主イエスよ、感謝します。あなたを殺す者たちに与えたゆるしに。
主イエスよ、感謝します。死に打ち勝ってくださったことに。
主イエスよ、感謝します。わたしたちの夜に光を灯し、あらゆる分裂を和解させながら、皆を同じ天の御父の兄弟としてくださったことに。」
明日は、いよいよ復活の聖なる徹夜祭、そして地元教会では久々の洗礼式が行われる。

