今朝、訃報が入り一日ショックを受けていた。
20数年ほど前、ミラノの子育てサークルだったか文庫活動で一緒になり、一時期家族でよく行き来をしている人だった。
まさに「才色兼備」という言葉が当てはまる知的さとユーモア、そして美貌。人の中心になる方だった。
その後、ご主人は単身赴任のまま海外におられるが、母子は帰国。私の帰国時は、当時のグループで毎年会っており、彼女も数回参加されただろうか?
コロナ前にガンを患ったとは、本人から聞いていたが、完治したものだとばかり思っていたが、昨年再発。半年闘病生活を送り、昨日自宅で家族に囲まれ永眠されたという。
私より2歳年下で、もうすぐ誕生日であったはず。薄いピンクが似合う人だった。
まだ若すぎる死であっただけに残念であったし、ご家族を思うとつらすぎる。
人間が逆境においても、挫折を経験しても、そこから起き上がって生きてゆくためには、自己鍛錬や意思の力も当然必要かもしれぬ。けれど、やはりその力さえ失いそうになる時、自分を励ましてくれるのは、やはり「愛」しかないのではないだろうか?
彼女は「愛」に支えられ前向きだった。
ニーチェが次のようにいっている。
「生きるべきなぜ(why to live )を知るものは、ほとんどすべてのいかに(how to live)に耐えうる」と。
自分が自分の人生に意味が見いだせる時、そこには生きる希望が生まれる。そして生きてゆく勇気も与えられる。そのためには、愛するものを持ち、愛される経験が必要だろう。それを『生きがい』と呼ぶ。
人間がいきいきと生きて行くために、生きがいほど必要なものはない
(中略)。それゆえに人間から生きがいをうばうほど残酷なことはなく、
人間に生きがいをあたえるほど大きな愛はない。
この言葉は長年にわたり、ハンセン病患者の治療にあたった精神科医の神谷美恵子女史の言葉。
患者との交わりを通して、彼女は『生きがい』の真意をさぐり、『生きがいについて』を著された。
強く生きるヒントというのは、人それぞれいろいろあると思う。とはいえ、「生きる勇気」を与えるものとは、きっとその人の存在に意味があることだと思うのだ。
友人の永遠の安息を祈るとともに、ご家族の上に慰めがありますように。