今日、長男が23歳になった。
あっという間の23年間だった。
彼のミラノ滞在もあと2週間弱となった。週末は夫の出張が多いし、平日は私も空手で帰宅が遅い日があるので、誕生日の前日、つまり昨日家族で食事をした。長女の彼も参加。彼も10月生まれなので一緒にお祝い。
とはいえ、ギリギリまで次男の調子が悪く、昨日は学校も休んでいたので、どうしたものか…と思っていたが、夕方になって大丈夫!ということで、予定通り夜中華街に集合。
しかし、今日は長男本人の調子が悪く一日寝ていたようだ。イタリアでは誕生日は、誕生日前に祝うのはよくないと言われているが、昨日にしておいて良かった。
ところで、今日の日中、本人の具合が悪いとは露知らず、「ケーキかジェラートでも買っていこうか?」とメッセージを入れると「無理しなくてもいいよ」と返事が来ていたが、さすがに作っている時間はないし、こういう時でないと、なかなか買うこともないので、おいしいチーズケーキを数種類買って帰った。
余談だが、昨日の食事会は夫の旅行業はいまだ回復していないので、私が支払うことにした。長女も半分払うと言ってくれたが、思い切り食べて飲んだわりに安く済んだので、大丈夫!と断ると、長女は、長男と次男に「ママにちゃんとお礼しときなさいよ!」と言っていた。しっかりしたものだなあ。笑
コロナ前は、それこそ外食も旅行もしょっちゅうしていたが、今だに大打撃の生活。身を粉にして生活している自分など以前は想像もできなかったことだ。一週間が流されるように早く、勢いで生活している感も無きにしもあらずだが、個人的には逆に充実しているように思える。
ただ、せっかくミラノの家に戻ってきている長男とは生活のリズムが合わず、顔を合わせてもゆっくり話したり過ごす時間が取れないのは残念だ。
下の画像は、長男が生後7カ月の頃。帰国中気管支炎で入院した時のものだ。当時の日記を読むと、2週間ほどずっと鼻水が出ており、微熱が続いていたが、近所の診療所では風邪といわれているだけようだったが、あまりにも続いており、熱も上がってきたので紹介状を書いてもらって大きな病院へ行くと即入院で4日間点滴をしていたようだった。その後、肺炎でも入院している。
お座りができるようになると、お風呂に入れるのも楽になる。シッター先の三男はいまだに首の後ろを抑え、寝かせるようにたらいでお風呂に入れているが、足をバタバタさせ水しぶきを出すのが好きなので、私も床も毎回びちょびちょになる。苦笑子供の誕生日は、母親記念日でもある。子育ての原点に戻ろう。
『私が願うのは』
私が願うのは
危険から護られることではなく
危険のさなかで恐れないことです
哀しみのどん底
心のはげしい痛みの中で
慰めてもらうことではなく
哀しみを克服し
勝利をうたうことなのです
逃げ場がなくなった時も
勇気を失わさせないでください
世間的にも大失敗し
挫折の連続に遭っている時も
その害が取り返しのつかないものだと
考えない恵みをいただきたいのです
あなたが来て私を救ってくださる………
これを私は願っていません
私が願うのは
のり超えてゆく力です
あなたは私の荷を軽くしたり
慰めてくださらないで結構です
ただ 私が重荷を担う
その力をお与えください
喜びの日に 謙虚に頭を垂れ
私はあなたを思い
あなたの存在を認めます
暗い悲しい夜
失意以外、何もない夜にも
ああ 決してあなたを
疑うことがありませんように (タゴール)
