12月8日は「聖母無原罪の御宿り」の祝日でイタリアは休日。カトリック教会の大祝日で、イタリアをはじめ、スペイン、オーストリアなどの国々では原罪も国民の祝日に制定されている。特に、ミラノは前日がミラノの守護聖人「聖アンブロージオ」(サンタンブロージオ)の祝日なので、連休となる。
また今日で「聖ヨセフ年」は締めくくられた。
聖母無原罪...については過去に書いているので割愛する。
仕事へ行く前に、地元の教会で「インマコラータ」(聖母無原罪の御宿り)のミサにあずかった。
今日は聖母の話のほかに2人の聖人が紹介された。
一人はルルドの聖ベルナデッタ。1858年ルルドでベルナデッタに現れた聖母は「私は無原罪の御宿りです」と告げられたという。ルルドに出現した無原罪の御宿りのマリアは、病、老い、苦しみ、悲しみのうちにある人々にいつも寄り添い、力づける聖母である。
そしてもう一人はアウシュヴィッツ強制収容所で、死刑を宣告された家族を持つ1人の父親の身代わりを進んで引き受け、愛のために命を捧げられた聖コルベ神父。
日本のカトリック信者であれば、ポーランド人のコルベ神父のことを知らない人はいないであろう。アウシュヴィッツで命を捧げる前に日本で宣教しており、1936年5月に長崎港から上海丸でポーランドへ帰国したが、やがて第2次世界大戦が勃発し、ナチス軍に捕らえられ、アウシュヴィッツ強制収容所へ入れられたのだった。
コルベ神父は聖母無原罪を強調され、ポーランドにニエポカラノフ修道院(無原罪の聖母の騎士修道院)を創立し、『無原罪の聖母の騎士』等の出版による宣教に力を入れられた。
アウシュヴィッツでは、コルベ神父は、処刑されようとしている仲間の身代わりになり、餓死室に入れられた。それだけでなく、餓死室に入ってからも仲間たちを励まし、最後の時まで神に祈りを捧げ続けたという。飢餓の中で死んでゆくことが確実な状況にあっても、コルベ神父は神にすべてを委ね、最後まで希望を捨てることがなかった。その姿は、同じ部屋に入れられた仲間たちを励まし、この地上に神の栄光を輝かせた。
その光は語り継がれ、今日に至るまで多くの人たちの心を照らし、希望を与えているが、地元教会の主任司祭も説教の中で、コルベ神父の日本での宣教からアウシュヴィッツに至るまでの話をされた。
どんな困難に直面しても諦めず、神に希望を置いて生きる人の姿は、周りにいる人たちの心を照らし、希望を与える。
降誕祭に向け、闇の中でも輝けるよう促された。
