復活徹夜歳 2021 〜 ハレルヤ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

ついに復活徹夜祭を迎えた。

 

 
 
(我がパロッキアは殺風景なくらい壁画や彫刻などが少ないが、質素な分それはそれで好きだ)

 

コロナ以前の復活徹夜祭は私のパロッキアでは夜の23時からのミサであったが、さすがにこのレッドゾーンの最中、しかも22時以降は外出禁止であるため、どこの教会も早いミサに変更。18時や18時半開始であったが、ギリギリ許せる時間帯なのか?我が教会は20時からで聖歌隊は19時20分集合であった。(終了は21時半頃。もちろん鳩の形のコロンバやイースターエッグ、スプマンテでのお祝いもなし)

 

このコロナ禍で昨年はほとんど教会に行けず。今年もミラノに戻ってきて、さまざまな教会の活動が自粛され、特に霊的生活において、忍耐を要する時であった。

 

闇の中を彷徨い続けているような気持ちであった。暗闇には輝く光が必要だ。暗闇に希望の道を示す、それが光。

 

教会は、人となられた「神の言」が暗闇に光として輝くように、その光を暗闇の中で証する存在となるよう象徴的な言葉を使って神秘的な出来事を表現する。

 

まず、今日の復活徹夜祭では「光」について語られる。神の子は光として世に送られた。光は生命の希望をもたらす光。互いに連帯を強め、主イエスのいつくしみの心に倣い、互いを思いやり助け合う具体的な言葉と行いが、生命を守っていく。キリストによって、キリストのために光の中を歩むよう私たちは導かれる。

 

続いて「水」について語られる。水は洗礼。水がなければ命はない。洗礼は単なる浄めではなく、新たな誕生。生まれ変わりだ。キリストは生きた水の命。私たちは光の人とするだけではなく、そこから命の水が流れる泉となる。


そして、新しい歌。つまり「ハレルヤ」。ハレルヤとは、ユダヤ教において「神をほめたたえよ」を意味する賛美の言葉。旧約聖書の詩篇の文頭や文末などによく使われている。ヘブライ語に由来し、「ほめたたえよ」を意味する動詞の二人称複数命令形「ハレル(ハラルー)」と神の名・ヤハウェを短縮した「ヤー」が1つになったもので、主の名前をいうのが禁止されていたからなのだそうだ。ちなみに、ラテン語、およびラテン語に由来するギリシャ語、イタリア語などはアルファベットの「H」を発音しないため、「アレルヤ」となる

 

また、復活祭前の4週間である四旬節にはこの「ハレルヤ」は歌ってこなかったので、復活徹夜祭では、主の復活が司祭により宣言され3度繰り返される。(こちらはヴァチカンで行われたミサの式次第から抜粋)

 

 

 

アンブロジアーノ典礼では、喜びを示すため、復活宣言の後、各自持参した鈴を鳴り響かせる。中には羊飼いの鈴もあった。ミサ中、その場所が近づいてくると、皆バッグから鈴を出し始めるせいで、必ず高低、鈴の音が鳴り始めるから笑ってしまう。

 

 
 
毎年持って行っている私の鈴。
 
余談だが、ヘンデルの作曲した「メサイヤ」の中に「ハレルヤ・コーラス」があるが、これは、黙示録19:6から霊感を受けてヘンデルが作曲したものだと言われている。
 
そういえば、仕事先のアパートで夕方18時を過ぎると誰か男性が必ず大きな声で「レジーナチェリ」(天の元后)を歌い出すのだ。ラジオか有線放送でミサにあずかっているのだろうか?不思議。そういえば、この歌詞も「アレルヤ」で終わることを思い出した。信者が天の元后、つまり聖母マリアに向けて、キリストの復活を共に喜ぶ祈りだからだ。

 

2015年4月6日、パパ様は復活祭翌日のレジーナ・チェリの祈りにおいて、この祈りを唱える際の心掛けについて語られた。

 

「わたしたちはマリアに向かって、お喜びくださいと言います。なぜなら聖母に宿られた方は、おことばどおりに復活されたからです。そして、わたしたちは、聖母の取り次ぎを願うのです。実際、わたしたちの喜びは、聖母の喜びを反映するものです。マリアは御子イエスの死と復活の出来事の静かな証し人です。母の喜びを自分のものとする、子らの喜びをもって、この祈りを唱えましょう。」

 

 


 

ハレルヤ!

復活された主イエスに祝福が皆さんの上に豊かにありますように。