「距離」を空ける大切さ 〜 その2 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 
 
既に1年以上もコロナの猛威が地球規模で続いているが、未だ沈静化の兆しすら見えていない。
 
ロックダウン』と共に今や一般的な言葉となったが、『ソーシャルディスタンス』とは、昨年のパンデミック当初では、よく言い当てた言葉な、と関心さえしてしまったくらいだ。感染予防戦略を示す言葉で、「感染拡大を防ぐために物理的な距離をとる」という定義がされているそうだが、医学論文を調べると、2006年、効果的な薬もワクチンもない感染症のパンデミックに関する論文に初めて使われたそうだ。
 
感染拡大を防ぐために物理的な距離を取るというが、この「距離」を取るは、実際は(距離を)『空ける』『置く』でも良いだろう。
 
この1年、物理的に人と「距離」を置くことで、本質的な事が見えてくること、感じてくることが沢山あった気がする。
 
今まで至近距離で見えなかった人の有り難さ。物事の裏表。良いこともあれば悪いこともある。自分の時間、精神的自立の重要さも実感。

逆に、元々距離があってこそ保てるバランスというものもある。側から見れば、無関心、分離に見えてもその距離じゃなきゃ保てないものもある。それがお互いの尊重であれば、周りが何を言おうと無理にくっつけたり、排除しない方が良い事もある。
 
距離を置くことで湧いてくる新たな感情、新たな思考、新たな希望、新たな絆...良いことだけを数えよう。

距離を空け、それでいて手を差し伸べれば届く距離。ほどほどの距離が大切。「自分自身と向き合う良い機会を頂けた」と思えたら幸せ。

計画が狂い、予定がすべてなくなったとしても、花は咲き、鳥は歌い、季節は流れてゆく。「今」を生きていこう。