10月25日は「空手の日」。
1936年10月25日、今では世界の空手家や多くの人々になじみとなった「空手」という表記が公式に決定された事を記念し、2005年3月沖縄県議会において、決議された。
国境や言語、宗教、体制、人種の壁を超え、世界空手連盟の加盟国は193の国と地域、愛好者は世界で1億3000万人(※全日本空手道連盟の資料参照)とも言われている。戦後わずか半世紀の間にこれほどまで世界の隅々にまで猛烈な勢いで広がったところに、空手のはかり知れない魅力、すばらしさがあると言える。
「空手の日」の午前中には、沖縄県豊見城市の空手会館で「奉納演武」があり、下記の沖縄空手界重鎮6名が鍛錬された型を披露された。
重鎮らは、いずれも県指定無形文化財保持者で範士十段の、喜久川政成氏(剛柔流)が「クルルンファー」、眞栄城守信氏(小林流)が「マツムラパッサイ」、伊波光太郎氏(古武道)が「白樽の棍」、仲本政博氏(古武術)が「二丁ヌンチャク」、仲程力氏(上地流)が「カンチン」、高良信徳氏(同)が「サンセーリュウ」をそれぞれ披露された。
2016年の「空手の日」には、空手の集団演武の数でギネス新記録樹立を目指し、那覇の国際通りで3973人が「普及型一」を演武。2013年8月3日にインドで達成された809人の記録を大幅に塗り替え、公式に新記録と認定された。
今回は流石に、新型コロナウイルス感染防止のため一般観覧や集団演舞はなく、演武の様子をYouTubeにてライブ配された。(ちなみに2017年18年は台風の影響で延期されている)
玉城デニー知事は「(新型コロナの影響で)心を痛める日々が続いているが、新しい生活様式を取り入れつつ沖縄空手のさらなる振興に取り組んでいく」と挨拶された。
今年度行われるはずだった東京オリンピックでは、空手が初めてエントリーされたが、次のパリオリンピックでは除外されてしまった。
沖縄空手と競技空手は異なる、オリンピック参加に関しても空手家の意見は賛否両論だが、ずっと頑張ってきた選手の努力を思うと、とにかく東京オリンピックの実現を願うばかりだが、全ては世界のコロナの状況次第。
とは言え、何がどう決定されようと、本来の「武士道精神」、そして「温故知新」の生きる知恵と力を世界に伝え続けて欲しい。






