新しい「日常」 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

新型コロナウイルス感染拡大を受けた政府の緊急事態宣言が、全面解除された。
 
全面解除されたからと言って、状況は終息したのではなく、やはり経済をも回していかなければならない。
 
しかし、解除ありきで進んでいる様に見えてしまうのも残念。
 
『新しい「日常」』と言われるが、過去の非日常が日常になってしまった昨今。New Normal....リーマンショック後に起きた変化に対して、非日常が新しい常態になるという文脈で使われた概念だ。
 
私の日常生活があったミラノから離れて、帰国中もほぼ人と接しない生活をして来たため、テレビで見たりネットで見ている世の中が本当の世界なのかと、異次元に思えてしまう。
 
確かに日本は、感染者数も死者数も欧米に比べると驚くほど低い。とは言え、きっと検査をすれば陽性者は出てくるものだろう。今後はワクチンと適切な対処法が出てくるまで、いかに重篤者を死なせずに日常生活とのバランスを取るか…が重要だろう。それでも、データが全てではないが安心できる基準は欲しいと思うのは私だけか?
 
また、各々にとってもその「新しい「日常」」の意味合いは違うことだろう。働き方、生き方云々...。
 
リモートワークで出勤率を抑えたことで、固定的なオフィスや通勤のあり方を見直したところも決して少なくないはず。お店での密を避けるために、間隔を取り入店に並ぶ列。買い物をして支払いを待つ列...なんなんだこの行列は?と思ったが、それでも仕事の速い日本のキャッシャー。余計な私語などないから、すごい流れ作業で次から次へと進んでいくので、意外に待たされることはないのだが、以前だったらこういうことにいちいち腹がたっていたはずなのに、気にならなくなったのもある意味、進歩なのか諦観なのか...
 
少なくとも我が家の場合, 子供たちはだいぶ大きくなったので、学業なので振り回されるものも少ないとは思う分、彼らに求めるのは, 生きていく力をつけて欲しいということ。少なくとも、イタリアではやれ受験だ、やれ就職活動だ!遅れをとったら大変だ!という概念がないし,ゆっくりした分、プラスの経験がつくと思っている人も少なくはないはず。逆に私はもう少しピッチを上げようよ!という気もしているのだが....
 
先が見えない分、いつまで収入のない状態が続くのか・・・とトンネルの出口が見えないまま、ホテルや旅行業の経営者は焦燥を募らせている。私が出稼ぎ労働者となり、ミラノの家族を養う「日常」も有りなのだろうか?苦笑
 
あなたにとっての『新しい「日常」』とは何ですか?