5月16日, 長女が24歳になる。
25年前、あれは子宮頸がんだったのか?なんだったのかわからないが緊急入院をローマの恐ろしい病院でさせられ、出血が止まらず、その後化膿し、慌てて帰国。子宮内膜症だったのかなあ?なんだったのかなあ?当時のイタリアの病院のカルテを見ながら、診断がつかない状態だった。
その後、ローマに戻り妊娠。このまま胎児が成長すると, 子宮口を切除しているから子宮口を縛らないと流産するおそれがある、と言われ慌てて、帰国。まったくそんな必要もなかった。
予定日であった5月14日に検診。その夜におしるし、父に病院へ連れて行ってもらい入院したが、陣痛らしい陣痛も続かず。病院中を歩き、入院中の患者さんの食事を運び歩いたが、予定日もすぎているし、家に帰すこともできないしね...といわれた。ちなみに14日は月曜日だった。キムタクの月9ドラマであった「ロンバケ」こと、「ロングバケーション」を観てから出かけたのは忘れられない。
月曜日の夜に入院。火曜日の夜当たりから再び微弱陣痛がはじまったが、本格的に痛み出したのは朝方だった。
呼吸が荒くなると、胎児の心拍も速くなり、「深呼吸、深呼吸」と思い、深く吸って深く吐くと、胎児の心拍数もドクンドクンと落ち着きを戻してきたものだが、その音が脳裏に焼きついている。私はパニックになってはだめだ...と思ったものだ。
ところで、聖書には「産みの苦しみ」という言葉が14箇所も出てくる。といっても、別にどこも子供を産む時の激しい苦しみに言及しているのではない。現在のコロナ禍を含め, 苦しみや厄介なことに巻き込まれる時、その苦しみを「艱難」と呼ぶ。ちなみに、困難は難しくも乗り越えられるものであるのに対し、艱難は苦しみを耐え忍ぶというような意味がある。それは試練の時であり、そういう時にこそ、生き方や信仰などが試されるのであろう。
余談だが、産みの苦しみは、出産のみならず、クリエイティブな仕事に携わる人もまた、誰しもが味わうことなのかもしれない。
話は基、陣痛が来てもなかなか子宮口が開かず、最後は会陰切開されたが、ぐさっと斜めに深く切開されてしまった...!!あれが治癒されるまで本当に大変だった。腰は割れそうに痛み、出産はもう嫌だ!と思いつつ3人も産んでしまった。爆