夏は来ぬ ~ 立夏 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

今年の5月5日は『立夏』だった。

 

立春、立秋、立冬は聞くが、『立夏』は意外に聞かない。夏の気配が感じられ、陽気も増してくる時期のことを言うのだそうだ。暦の上では、緑が茂り、田植えや種まきなどの畑仕事が始まる頃を言い、立夏から夏に入る初夏のことを指す。

 

ところで、子供の頃、この時期に『夏は来ぬ』という歌をよく歌った記憶がある。けれど、歌詞などまったく考えたことがなかったし、「来ぬ」の「ぬ」を否定形と思い、なぜ「夏は来ないんだ?」とさえ思っていた。苦笑

 

 

  夏は来ぬ (佐佐木信綱作詞、小山作之助作曲) 

  1. 卯の花の 匂う垣根に
    時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて
    忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
  2. さみだれの そそぐ山田に
    早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして
    玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ
  3. 橘の 薫るのきばの
    窓近く 蛍飛びかい
    おこたり諌むる 夏は来ぬ
  4. 楝(おうち)ちる 川べの宿の
    門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して
    夕月すずしき 夏は来ぬ
  5. 五月(さつき)やみ 蛍飛びかい
    水鶏(くいな)鳴き 卯の花咲きて
    早苗植えわたす 夏は来ぬ

この曲は、1896年5月、『新編教育唱歌集(第五集)』にて発表されているが、著作権は2013年まで存続していたようだ。

 

卯の花、ほととぎす、橘、おうち、くいな...初夏に関連する季語がズラっと並べられているが、様々な風物詩を通して夏の訪れを豊かに表現されている。これほどの風情のある夏をもつ日本の自然と、それを情緒豊かに歌った文化を思うと, 今更ながら、そして長く日本の外にいるだけに、すばらしい国だと身にしみてくる。

 

余談だが(どうでもいい話だが)『夏は来ぬ』は文語で、「来」(き)はカ行変格活用動詞「来」(く)の連用形、「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形で、全体では「夏が来た」という意味になる。まったく思い違いの歌だった!と人生50年以上生きてきて発覚。

 

また、この曲は三枝成彰氏による編曲の後、1979年「みんなのうた」で一躍有名になり、歌は、「百合丘コーラス・児童合唱団」が担当とあった。百合丘って地元の百合丘?調べてみたら、1970年に、児童合唱団としては、有名な「ひばり児童合唱団」の団員であり、学生時代に“ひばり”の指導経験を持つ山田榮子女史が当時指導をしていた百合丘コーラスと、“母子で合唱を楽しめたら!”との思いからスタートしたのだったという。地元の話で、1人感動してしまった!苦笑

 

今年の『立夏』では、勘違いと思い込みで新たな発見があった。