今朝新聞で興味深い言葉を見かけた。
一期一会ならぬ「一期二会」(いちごふたえ)。
緩和ケア医は、癌をわずらってから、「次また会える」という出会いを願うようになったという。
一期一会とは、「一期に一度の会」から茶の湯で、茶会は毎回、一生に一度だという思いをこめて、主客とも誠心誠意 真剣に行なうべきことを説いた言葉であり、一生に一度しかない出会い, 一生に一度限り、という定義だ。
出会った人とは、必ず別れなければならない...となると、 この世での出会いは必ず別れをもたらす。世の無常さだ。だから、日本語の『さようなら』は、これが最後かもしれない、という哀歓や「会うは別れの始め」との諦念が漂い、やるせなくなる。(年のせいか?この引きこもり生活でそういった心境になってしまいがちなのか?は不明)
そういう意味では、中国語の『再会』 (サイチェン)はいい言葉だなあ、と思う。仮にそれが二度と会うことのない別れであると分かっていたとしても、また会おうと言う意味を込めての一次的な別れをする。
イタリア語の”Arrivederci"(アリヴェデルチ)も同じような意味だ。もともと”a+rivedere+ci”という3つの単語がついて出来たもので「また私達が再び会う時まで」という意味。ちなみに永い別れの時は”A Dio”(ア・ディオ)(「神のもとで」という意味)となる。
出会いは一度きり。けれど、それが積み重なって、人生に彩を与え、人生を豊かにすると思う。
一期二会。
また会いたいな。また会いましょう。
出会いを大切に。