ネットを開ければ、コロナウイルスのニュースばかり。
現状を知ることは大切だが、だんだん気分が滅入ってきた部分もある。
ところで、ミラノも復活祭前の40日間である四旬節に突入したが、依然ミサは中止続行。とはいえ、教会の扉は常に開けたままであり、祈りとして中に入ることは可能。しかし、行事、イベントは解禁指令が出るまではいまだ保留中のまま。
毎年購入しているアンブロジアーノ典礼の祈りのしおりと毎日配信される地元パロッキアの主任司祭の祈りを静かに読む。
ところで、通常ミラノ郊外の教会に保管されている聖遺物が我がパロッキアにやって来た。
「聖なる棘」と呼ばれるものだ。
私にはよくわからないが、カトリックにはよくこう言ったキリストや聖母マリアの遺品、聖人の体の一部や遺品などを指す聖遺物があり、それに触れたり、拝んだりすることで、病気を癒したり、神秘的な力によって奇跡が起きると信じられ、古い時代から崇敬の対象であったと言う。
キリストが処刑された時に冠っていた「イバラの冠」は、パリのノートル・ダム大聖堂が所蔵している。昨年4月に発生した大聖堂の火災の際には、なんと持ち出されて無事だったのだそうだ。ちなみに「イバラの冠」は、敬虔なキリスト教徒で芸術の保護者であった、13世紀のフランス国王ルイ9世が高額で購入したもので、売ったヴェネツィアは、コンスタンティノープルから略奪していたという話。(!)
我がパロッキアに来たものは、上記のものとは別物だろうが、聖ヨハネ·パウロ2世の聖遺物(絹布片に血がしみこませてあるもの)などは意外に幾つもあり、私が通う修道院にも保管されている。
パパ様の使徒的勧告「エヴァンジェリ・ガウディウム」(邦題「福音の喜び」)では、民間信心について語られているが、123章では、「民間信心を見れば、受け入れられた信仰がどのように文化の中に根を下ろし、伝えられたものかが分かります。ある時期には民間信心に対する不信もありましたが、公会議後の数十年間で再評価されるようになりました。...」とある。民間の信心深さの伝道力を過小評価していない、ということなのだろう。
...と前置きが長くなったが、本来この四旬節の時期に、この聖遺物がミラノ大司教区内の8つの教会(東西南北、教区から教区へ)を巡回することが決まっており、第1ヶ所目に我がパロッキア(小教区教会)が決まっていたそうだが、このご時世、どうすべきかギリギリまで検討されていたようで、一ヶ所目から詰まってしまうと復活祭までに辿れなくなるからだろうか?ミラノ大司教と共に、やってくることが決定。その旨主任司祭からメールを朝、受信した。もちろん、公には発表されていないと思い、同じアパートの方にも声をかけず、近所の聖歌隊のメンバーと待ち合わせをして出かけた。ちなみにマリオ•デルピーニ大司教は昨年の夏、オラトリオの子供たちとふれあうためにサプライズで訪問された。非常に素朴で、ユーモアのある小柄な方であったことが印象的である。
さすがに、教会からの連絡は、一部にとどまり、しかも夜だったため、非常に少人数であった。
人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。(マタイ4:4)
この聖遺物は熟考と祈り、そして励ましと慰めのしるしになることだろう。
私たちは苦しいことが嫌なので、なるべく早く苦しみから逃れたいと必死になることがある。けれど、自分自身やまわりの人が抱えている苦しみや困難を見つめ直してみよう。
そうして、新たな発見や気づきが与えられるのかもしれない。また、自分の苦しみだけではなく、社会や世界の苦しみにも目を向けてみることも大切。苦しんでいる人びとの叫びや呻きを聞き、自分たちに何ができるかを問い直してみよう。
四旬節は、その苦しみを通して、霊的に大きく成長する機会が与えられているのかもしれない。

