”「老い」における葛藤”  〜 あれから1年 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで30年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。


 

知り合いのご婦人が老人ホームでお亡くなりになられてから1年が経った。

老人ホームを訪問していた時のことをよく思い出す。

 
気性の激しい方で、彼女とぶつかった方も多かったらしい。私ももう15,6年前の話ではあるが、きついことを言われ、引いてしまい少し距離を置いてしまったこともあるが、気性が荒い分、愛情も深い方だった。だから、最期のお別れには多くの友人たちが駆けつけてくれたのは、救いだったなあと思い出す。
 
また、去年の今頃、やはり通っている修道院の老人ホームの日本人シスターがめまいか何かで気を失い倒れて大腿骨を骨折、ネジを入れる手術をされた。その後リハビリを受けられ、歩行器で歩くことはできるようになったが、一人でスタスタと外にでることは禁止されるようになってしまった。
 
また、以前は1階の大きな食堂で、ホームにいる比較的健康なシスターたちと食事をしていたが、現在は2階の自分で歩くことが難しい、シスターたちとの食事になってしまった。そして、お御堂は1階にあるが、2階からも席参列可能となっているが、ほとんどのシスターが車椅子か歩行器で移動。シスターPは耳が遠いので、2階席でも一番前に座らないと聞こえないと言っていた。
 
ここにいるとね、皆耳が遠いから大きな声で話さなきゃいけないの。そうでなくてもイタリア人は口調がきついので、大きな声で話すと喧嘩しているみたいで嫌だわ、とシスター。確かに何か注意されているのか?と感じる時さえある。
 
そして、なぜか私が訪問する時は、シスターとは「死」のことばかり話す。「私はいつ死ぬのかしら?」「どこで死ぬのかしら?」と私と同じ干支で3回り年上のシスターに聞かれるが、「いや、私の方が先かもしれないし、それは誰もわからない、神のみぞ知るお話ですよ。」と言って笑うのだが、私も平気で「先日、100歳超えたシスターのお葬式に参列したんですよ〜。そのシスター、肺炎で4日入院して、退院し、修道院で若い孫くらいのシスターにご飯を食べさせていただきながらお亡くなりになられたんですって!」と話すと、「羨ましいわね〜」と、本来は楽しくないのだが、楽しい話題になってしまうのだ。笑
 
歩けるようになってもちょっと風邪をひき、ベッドに数日横になろうものなら、すぐに歩けなくなってしまう。腕にも力が入らず手紙も書けなくて口述されることを手紙に認めることもあったが、やはり自分でやらなきゃボケちゃうわね、と言われ、徐々にご自分で手紙を書くようになられ、また先日、2週間ぶりに訪問すると、歩行器は離せないものの、早足で、時に走りながら進むので、シスター気をつけて!といったくらいだ。
 
そのシスターは私や日本人の友人たちが訪問しない限り、日本語は全く話さないようなので、訪問の度に溢れるような話題のシャワーを浴びる。そしてシスターの毒舌に笑いが止まらず、元気をいただいて帰宅する。
 
ところで、週に数回母とはLineで会話をするが、ほとんどが父の状況と愚痴を聞くことか。それはそれで仕方がないことだと思う。父は自分のことはほぼ自分でできるとはいえ、歩くのは乳幼児並みでよく転ぶので、やれ、お風呂だ、やれトイレだというと、手は出さなくても近くで付き添っていることが多い。とはいえ母自体、あちこちが痛いと言い出し、万が一寝込むことがあれば、父の面倒は見られない。本来ならば週1あたり訪問なり宿泊サービスに行ってくれれば楽なのに...と言いつつも、父はがんとしてそれを受け入れようとしない。それを言われると一番痛い。遠くにいる分何もできないから。今は愚痴を聞いてあげることしかできない。
 

老いはさけられない道。だからこそ、どのように受け止めたら良いか。老い行くための勇気を見つけるには、何が大切なのか考えなくてはならない。

 

最近金融庁が年金などの限界を認め、「老後の資金として2000万円が必要」であると国民の自助努力を呼びかける文書を公表し話題となったが、平均寿命が伸び、高齢化が急速に進んだ日本社会の中で、老後は幸せな晩年ではなく、不安で不透明な未来としか言いようがない。

 

このような状況の中で、私たちは「老いが人生の完成の時である」ことをしっかりと認識し、負の感情を抱かずに受け入れ、落ち着いて高齢期を 生きていくにはどうあるべきか。それには先ず、私たちひとり一人が自分の老いと どのように対峙しているのか、老いを受容していくためにはどのような心を培えばよいのか、しっかりと自分自身に向き合い、自分を知ることが求められている。

 

老いには、多分想像以上の苦難が待ち受けているかもしれない。上記シスターだったら、死ぬまで修道院が面倒を見てくれるが、一般人はそうはいかない。お金が必要だし、できれば誰か短に人にいて欲しいものだが、どういった状況で老後を迎えるかはわからない。

 

老いの葛藤と苦難に向き合う者は、深く自分自身を知るべきなのであろう。

 

帰国したら、母を少しゆっくりさせてあげたいな..と思う。