長い復活祭休暇の後、知人の葬儀があったりとなかなかイタリア語教室に行けなかったが、今朝久々復帰した。
授業である新聞記事を読んだ。先月13日、パパ様がバチカンでローマの高校生たちに謁見し、情熱と好奇心を育てるように激励すると共に、”携帯電話依存症”に陥ることのないように、と警告された。
携帯電話依存症とは「携帯やスマホをやめられない」状態。携帯をするという行動が原因で明らかに生活に支障をきたしている、或いは心身に悪影響を与えているのに自分の力ではやめられなくなってしまっている状態を「携帯電話依存症」と呼ぶ。
パパ様曰く、携帯電話は、「人と人とをつなぐためのもの」だが、「人生は、意思伝達のためのもの!」とおっしゃった。携帯電話は便利な道具であるが、正しい方法で使わなくては、その「奴隷」と化してしまう。「携帯電話はあくまでも意思伝達のためのものであり、素晴らしい良いものだが、依存症へ押し入る危険性が顕著になっている」と指摘された。
自分を含め周りを見回しても大いに同意。「一人一人がその使い方を知るべきであり、携帯電話の奴隷になれば、あなた方は自分たちが与えられている自由を失うことになる」と警告された。
また、特に中高生になると携帯電話ではグループなどが存在するが、周りの意見や言動に感化されるのではなく、時に「沈黙」も大切だと指摘するパパ様。意外にそれは勇気のいることだと思うが、それができずにドラッグのように切り離せなくってしまう、という。確かに、携帯電話またはゲームに没頭しすぎてしまい、体を壊すことはもとより、人間関係までおかしくなってしまうことは大いにあることだろう。それが原因でいじめにまで発展することもあるという。
ちなみに、携帯電話依存症の兆候としては、具体的には以下のような人が該当するという。
スマホ無しで1日過ごせない
運転中でもスマホをいじる
親しい人と一緒でもスマホを使う
対面にいるのにチャットで会話する
風呂やトイレまで持ち込む
これがずっと続いてくると以下のような症状が現れるという。
実生活でのコミュニケーション不足から生じるうつ病やパニック障害
長時間の定姿勢で画面を見ることにより肩こり、頭痛、血行不良
ブルーライトによる不眠症
視力低下
「スマホ指」という小指の変形
