今年の琉球少林流空手道「月心会」の全国大会(8月18日)まであと110日となった。
先日、大会出場者向けのセミナーが行われ、今後の強化プログラムとそのポイント、イメージトレーニング、形•組手の技のストラテジーなどがスライド200枚を見ながら説明された。
大会に向けて大切なのは、やはり何よりも鍛錬。身体能力の向上である。そして正確な技。これから大会まで、今まで以上にどんなことがあっても心を動かさず、じっと我慢して堪え忍ぶ「堅忍不抜」の精神で稽古に向き合うわけだが、師範や参加者同士での一体感、信頼関係や絆が築かれるのは、ある意味大会参加の実りでもある。門下生にはそれぞれモチベーションがあるだろうが、これは経験してみないと感じ得られないものでは?と思うのだ。
それにしても、一昨年前から膝の故障で3ヶ月稽古を休み、大会後もなんとか頑張ってきたが、症状に波があり、通院や電気治療はしていたものの効果なし。今度は春の大会直前に逆の膝(左足)が動かなくなり一時は引きずって歩いていた。
「もう大会だって無理だろう? 向き合い方をもう変えたほうがいい」、と師範に言われ、泣いて帰った。そんなことで泣くかあ?と友人に大笑いされたけれど、真剣だから泣くんだよ!
空手を始めて4年。始めた年が遅いから、そんじゃそこらのアラフィフよりずっと体力も気力もあるとは思いつつ、どんなに成長しても、なにかが失われていくような感覚がある。何が間違っているのだろう?モチベーションがどんどん上がってきている割に、怪我という「闇」に直面すると、空手を続ける「意味」を見失ってしまうようなそんな悶々としたものがある。
周りはすぐに「年だから」というけれど、「年」、つまり「加齢」という問題で片付けて良いのだろうか?という疑問、そして不満。
空手は、自分の足りない部分を、時にとても痛い形で教えてくれる。これを乗り越えろ!と言わんばかりに、同じところを怪我し続ける。私の場合、体の歪みからきている筋肉のアンバランス(それは誰にでもあることで、支障は早かれ遅かれ出るものだという。空手をしていなければきっと生活に支障はなかったことだろう。苦笑 オーバーユースで早く出てしまう、という事実もあるのだ)から来ているもので、それに気づいて修正しない限り、怪我をし続けることになる。
この一ヶ月間、素晴らしい整体の先生のお陰で心身共に補強して頂いている。特にメンタル面では、「私は治る」「大丈夫!」ある意味、洗脳を受けたくらいに(!笑)ウルトラポジティブだ。
稽古を休んでいる間に、普段使えていない筋肉を補強しつつ、自分の方向性について考えてみた。
勝ち負けという結果にこだわらず、努力を続けることに意味がある。そうすれば、結果は必ずなんらかの形で現れる。「もうだめ」「年だから...」とは全く思わない。笑
ぶれない目標を作り、突き進むことは、自分への挑戦であり、徐々に自信がつき、ものすごい集中力が意識的に作られる。それでもシニアはもう少し開き直ったほうがいいんですかね?笑
「空手は己を見つめ、己を正し、己を磨くものである」
「空手は人を倒すものではなく、人を愛し、己に打ち克つものである」
やっぱり年齢に限らず空手道訓でしょ?力の限り、頑張るのだ。(といっても、さすがに今までのような自分の体を痛めつけるつめた稽古の仕方はやめようと思う。決局ドMなんだな...)できる範囲で長く続ける生涯武道を目指したい。
三たびロッキーのテーマが脳裏に響き始めてきた〜〜!笑
空手道全国大会 2019 〜 −5ヶ月 「質」と「量」
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