人にはそれぞれ3つの面があるという。
1) 公の場での自分。身なりをきちんとして、まわりを気にすることもあるだろう。
2) 一人でいる時の自分。外見を気にせず、勝手気儘に自然に振る舞う。
3) 内面の自分。それは心の奥に隠れているという。
集団の中で、ルールを守らなければいけない時、内部の自分が声をかけてくる...それって本心?いい人のフリをしているの?誰に気を使っているの?と。
例えば、人間関係、誰にも何気に人に対する「警戒心」というものもあることだろう。「この人にはどこまで心を開いてよいものか?」と推し量りながら話すことがある。もともとオープンだった人が、人間関係に傷つき、徐々に心を閉ざしていくケースも知っている。逆に手を差し伸べたけれど、ピシャッと叩かれるというか拒否されることもある。人によって必ずしも手を出されることが快いものではないのだと思うと、単なる自己満足的な親切だったらやめたほうが良いのか?とさえ思ってしまう。
また、だらだらしている時、はしゃいでいる時など、また内部の声が聞こえて来る...もう少し意味あることできないの?甘えすぎてない?本当はもっと計画的にできるんじゃないの?などなど...
「葛藤」というのは、こう言った自分とのぶつかり合い、闘いなのだろう。
常にどの自分も自然体のつもりだけれど、内面の自分が声をかけてくる時、というのは、時に耳を傾ける必要があるのかもしれない。