春に | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

春に            谷川俊太郎

 

この気もちはなんだろう

目に見えないエネルギーの流れが

大地からあしのうらを伝わって

ぼくの腹へ胸へそうしてのどへ

声にならないさけびとなってこみあげる

この気もちはなんだろう

枝の先のふくらんだ新芽が心をつつく

よろこびだ しかしかなしみでもある

いらだちだ しかもやすらぎがある

あこがれだ そしていかりがかくれている

心のダムにせきとめられ

よどみ渦まきせめぎあい

いまあふれようとする

この気もちはなんだろう

あの空の青に手をひたしたい

まだ会ったことのないすべての人と

会ってみたい話してみたい

あしたとあさってが一度にくるといい

ぼくはもどかしい

地平線のかなたへと歩きつづけたい

そのくせこの草の上でじっとしていたい

大声でだれかを呼びたい

そのくせひとりで黙っていたい

この気もちはなんだろう  

 

 

以前小学校6年生の教科書に掲載された詩だったようだが(2004年発行大阪書籍、小学6年国語(下))2008年に民事再生法申請、現在は光村図書、中学国語3で扱われている。

 

ところで、この時期、外を歩いていると、次から次へと芽吹く木々、花々を目にし、何気に心の底から沸き起こる気持ちがある。確かに、この気持ちはなんだろう?と毎年思うのだ。ウキウキワクワクする喜びか?希望、期待。何かを忘れているような寂しい感覚?悲しみなのか不安なのか...。

 

確かに春は、別れの季節でもあり、出会いの季節でもある。心が不安定にもなり5月には五月病とよばれる心の病気になる人もいる。変質者が多くなるのも春先からだろう。余談だが、この詩の作者の谷川氏は3度離婚経験があるようだが、3度とも春に離婚されているという...季節の問題?!苦笑。

 

眺めているものがリアルに感じる感覚。これをアウトプットするって大事なことだと思う。いや、また黙って秘めていることも大事だろうか?(どっちだー?!)

 

もやもやしつつ、うまく言葉にできなくても、私は生きているこれが大事なんじゃないかなあ。