誰でも通る子供のイヤイヤ期。
それはある意味、成長のしるし。
自発性が順調に発達している2-3歳の時期に現れる。
自発性、独立心の現れだから、本来喜ぶべきことなのに、子供の乳幼児時期、結構振り回されて疲れ切っていたなあと思う。
そして次に現れる7-8歳児の自己主張。もう上の子やら下の子と合わせててんてこ舞いだった。
そして中学生以上になって現れる思春期。子供の性格によって反抗も態度もまちまちだが、本当に心揺さぶられる毎日だ。(いつまで続くんだあ!)
これで、穏やかな母親がいたら(実際いるのだけれど)その秘訣を教えて欲しい、と常に思う。
朝からバトルが始まり、子供達が登校していくと、行き場のない気持ちで悶々としているのだが、子供達の方が切り替えが早く、けろっとして帰宅する。なんなんだよ!と思うけれど、根に持っている自分の方が、情けないと思うし、幼いなあと思うことさえある。
親をバカにするところもあり、それは本来いけないことだと思うが、冷静に彼らを見ると、きっと親を批判しつつ、親の意見と自分の意見の違いを自分で検証しつつ、改めて自分の中の価値観を構築しようとしているのだろうか?とさえ思えてしまう。
流せ!流せ!と自分に言い聞かせ、ドラマを見たり、空手のビデオを見たり、編み物をして気分を変える。子供はいちいち反応するが、意外と忘れるのも早いので、それに合わせて親が反応していたら体が持たない。けれど、全く反応しない夫にも頭にきてしまうのだが...ここは、透明人間だと思った方が良いか?
ところで、天の邪鬼とは、① わざと人に逆らって言動する人。② 昔話に出てくる悪い鬼。③ 仏教で人間の煩悩を表す象徴として、仁王や四天王に踏みつけられている小鬼。なんだそうな。
類語には、ひねくれ者やへそ曲がり、偏屈者、などがある。周りにもいることだろう...。笑 しかし、ある意味、しっかりした自分の意思を持っていることも確かで、屁理屈は、論理性の芽。
腹は立っても、これは成長の過程、と思うことが大切だ。ある意味、思春期に扱いやすく、転んだことのない子供の方が、後が怖い。
自分で考えて決める。これが大事。その答えは間違っていても。失敗こそ気づくチャンス!子供が親から離れていくのは当たり前。...と、言うは易し、で行うは難し、なのだが。
とはいえ、人間が人間としてまともに育つためにはやはり、家族として暮らす時の人間同士の心と心のぶつかり合いが必要だし、家族だからこそ与え合うことができる人間のぬくもり、愛。そして赦しがなくてはならない。(赦すのは甘い、と夫は言うが、家族が赦さなければ誰が赦すのか?誰が認めるのか?ということもあると思う)この経験を通してのみ、人間は成長する。
生きていくには、「力」と「愛情」、そしてよく代母に”Coraggio!"と言われるが、「勇気」が必要だとつくづく思う。
思春期ど真ん中のお子さんを持つ方々、手はかけず、でも目は離さない。そして、徐々に自分の人生を楽しみましょ。
