前田万葉新枢機卿叙任式 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

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今日28日、パパ様はバチカンのサンピエトロ大聖堂で枢機卿会議を開き、前田万葉大司教ら14人を新たな枢機卿とする叙任式を行った。選出された14人の出身は、イラク、パキスタン、ポルトガル、ペルー、マダガスカル、イタリア、ポーランド、メキシコ、日本の9カ国。日本人の枢機卿就任は2007年に帰天された浜尾文郎枢機卿以来、6人目。

 

枢機卿はローマ・カトリック教会で教皇に次ぐ高位聖職者。今回就任の14名を加え世界に227名となる。このうち教皇を選ぶ選挙「コンクラーベ」の投票権を持つ80歳未満の枢機卿は125名。

 

余談だが、枢機卿は緋色(カーディナルレッド)の聖職者服を身にまとう。緋色は、信仰のために進んで命をささげるという決意を表す色。また、赤色の半球型の帽子(イタリア語で「ズケット」、ラテン語で「カロッタ」)をかぶる(教皇は白、司教は赤紫、大修道院長は黒色)。

 

前田大司教は長崎県の五島列島生まれ。広島教区の司教などを経て、14年に大阪大司教区の大司教に就任。日本カトリック司教協議会の副会長も務めている。

 

大司教が生まれ育った五島列島•中通島の仲知は住民のほとんどがカトリック信者で、子どもたちは毎朝ミサに通うのが普通だったとのこと。家族にも、明治初期のキリシタン迫害に遭った曽祖父や、村八分にされながらカトリックに改宗した祖父がいるそう。

 

父の兄の一人は司祭となり、父は司祭になる夢をかろうじて断念して小学校教員になり、11人の子どもを育て息子4人を神学校に入れたそうだ。「なぜ信者にしたのか」「なぜ神学校にやったのか」と親を恨む時があっても司祭になった長男が万葉枢機卿。一年の助任を経て、五島列島、佐世保、平戸の主任司祭を歴任。

 

ちょうど叙階15年目に動脈の難病(ビュルガー病)になり入院手術。足の切断の可能性を医者に指摘され、一日約50本吸っていたタバコも断たれた。しかし、病気は「力と希望」「勇気と解放」のきっかけになったよう。

 
ところで、「万葉」という名前でおやっ?と思ったが、やはりそのお名前のために人から勧められ俳句を作られるようになったそうだ。昨年、『烏賊墨の一筋垂れて冬の弥撒』という本。
 
 
教会報の文章や講演・対談をまとめたもので、教会生活のさまざまな問題が触れられていて、長崎の信者の信仰や教会の具体的な様子を知るためによい本だとコメントにあった。また、その本の一番の特徴は、頁のあちこちに俳句や短歌が散りばめられていること。ちなみに本の題名となった俳句は、釣りから早朝のミサに駆けつけた時のことを詠んだものだそうだ。

 

十字架や枝葉かざして天高く

まるで今日のこの日のようだ。主イエスのエルサレム入城のごとく前田大司教のバチカン入りを皆が喜んでいる。

 

谷川の水をもとめし鹿のごと神を慕いし先祖らの御堂

詩篇及び、聖歌「谷川の水を求めて」のフレーズが脳裏に浮かぶ。長崎という土地柄、そして一生をかけて証したご先祖の信仰の強さを尊び詠まれたのだろう。

 

新枢機卿叙任、おめでとうございます。日本の教会に光と希望を与えてくださいますように。

 

 
 

https://www.corriere.it/cronache/18_maggio_21/vaticano-molte-sorprese-cardinali-papa-francesco-c9f627ee-5c60-11e8-82e5-88fb275b03b8.shtml