遠心力と求心力というものがある。外に向かって働いていく力と、内に向かって働いている力のこと。
遠心力といえば何かを振り回していれば外側に向かって広がろうとする力。これは宇宙が膨張していくように、中心から外側に向かって離れていこうとするものと同じく拡大成長していくような力。
それに対し求心力は、中心に向かって引き寄せていくような働きのことで宇宙の星が引力や重力があって宇宙空間に物質が飛んで離れていかないようにと中心に集めようとする力のことをいう。
その求心力のお陰で、私たちの住む地球もあらゆるものがこの場に存在して安心して暮らしていくことができる。
しかし、遠心力と求心力は表裏一体であり、そのどちらのバランスが崩れても私たちは中心を維持することができなくなってしまう。
余談だが、イタリア語で遠心力は<centrifuga>、求心力は<centripeta>と言う。ちなみにcentrifugaは洗濯の脱水のことも言う。
ところで先日の「聖霊降臨祭」のごミサで、パパ様は物事を変え、動かしていく「聖霊」の力に注目するよう言われた。「父と、子と、聖霊のみ名によって。アーメン」の「聖霊」である。聖霊は神の息吹とされ、無人格的な力ではなくて、神様の第三のペルソナ(位格)とし、人のうちに信仰を生み、成長させてくださる。あまりにも神学的過ぎて、かと言ってこれは理解するというよりも体験しなければわからない奥義でもあるのだが、パパ様はそれは周りの状況の変化ではなく、私達の心の変化であると強調される。
難しいことはさておき、それでも聖霊は人間の外側(遠心力)に愛、寛容さ、善意、柔和さをもたらし、内側(求心力)に喜び、平和、忠実さ、そして節制の精神を運ぶ、という。その精神を持って生きさえすれば、疲れることなく信頼をもって人生を歩み続けることことが可能となる。
神の息吹によってもたらされる遠心力と求心力。これが私達の中で働き、世界に平和の温かいそよ風と希望のさわやかな憩いをもたらすと素晴らしい。
