いよいよ復活祭1週間前の聖週間に突入する。
毎回、四旬節に入る際、長いな...と思ってしまうが、本来、この恵みの時に、喜びと真理のうちに過ごせたのだろうか?
善い行いが、生き方の模範となり、また自分のものを他者と分け合うことが、他者との交わりの具体的な証となる。それでもこの四旬節、「ある」ひとつの事実、人間性も人の見方によっては、よく言われたり、悪く言われたりするのを見聞きした。それは、嫉妬であったり競争であったり怒りであったり、その人の無意識に潜む心のバロメーターで評価や決断を下す。たとえ信者同士であっても、自分の理想が最善と見るのは危険だ。
少なくともそういう場面に接し,動揺しない自分になれた。心に波風も立たなくなった。それはひとつの成長かもしれない。
そして、嬉しいことに来週の復活徹夜祭に大切な友人が洗礼を受けることになった。祈りと共に、共に過ごしたこの四旬節。ミラノでもこの復活徹夜祭に130名の大人(そのほとんどが外国人)がカトリックの洗礼を受ける。
こちらは2年前にミラノで洗礼を受けた友人の教会の洗礼盤とモザイク画。これは、「いつくしみの特別聖年」のロゴを描いた、イエズス会修士であり、神学者・イコン作家であるマルコ・イヴァン・ルプニック神父によるもの。
私たちは再び復活のロウソクを共にし、感動的な光の祭儀を行なう。この「新しい炎」から生じる光が、暗闇を少しずつ消し去り人々を照らしますように。
