3年前、長女と長男の在ミラノ日本語補習授業校の中高のダブル卒業だった。
本来、今年は1年学年を落としていた次男と小学、高校のダブル卒業を夢見ていたが、次男は2年前に補習校を退校。長男のみの卒業式となり、私としても補習校在籍15年の歴史にピリオドを打った。
日本人家庭だから日本語ができる、と言うのは常識ではない。海外で幼少期から育つ子どもたちは、一日どこで何語で過ごしているか、によって考えるベースの言語が変わってくる。幼少期からずっと日本語で日記を書いていた長女は、ある時期からイタリア語に移行。イタリア語での散文コンクールに入賞するほどイタリア語は達者だが、今では日本語を話すのは、家族とだけ。SNSでのメッセージは私が難しい漢字を避けた日本語で送っても返事はローマ字。それでも昨年ある日本の方のイタリア旅行のアテンドをしてから日本語に自信が持てた様子。何事もきっかけが大切。
長男に至っても、国語に興味が持てなくても、日本の企業でアルバイトをしたことから、敬語で目上の方とのやりとりができるようになってきたし、現在日伊ハーフの小学生のお子さんのベビーシッター兼家庭教師、イタリア人中学生の日本語教師をはじめ、まだまだ小学生レベルだが、漢字ドリルをはじめ、国語ドリルや教科書を引っ張り出し、教えている。生徒さんができればできるほど、やはり教えがいがあるようで、今後教材をどうしようかな、とも言っていた。
ところで、補習校に在籍し、現地の学校とは絶対的に違うのは、入学式や卒業式、修了式などの儀式に出席すること。国歌斉唱から始まり、挨拶の仕方は揃っていればいるほど美しいが、それはあまり期待できない。
イタリアだと教会で司祭のお説教を聞くことはあるが、それ以外に目上の方のお話を聞く機会というものはほとんどない。
さて、卒業式は16:30から始まった。それにしても、学校長式辞、理事長告辞、来賓祝辞...日本語とはなんと難しいことか!卒業証書授与。幼稚部の児童だけ先に式が行われ、小学校から高等部までの39名が卒業証書を授与。高等部は小学生時代23名から始まったクラスだったが、最終的には9名だった。(ちなみに長女のクラスも20数名からスタートし、高校卒業時はなんと3名だった。)
今回も高等部1,2年生の送辞の時点でビデオ撮りながら、涙が流れてしまった。長女も次男もなんで土曜日の午後に学校に行かなきゃいけないんだ!とよく言われ、喧嘩になったが、長男はわりに文句ひとつ言わなかった。黙々と宿題を全てこなし、小中時代まではそこそこの成績だったが、高等部に入り、提出物は出さない。漢字テストの勉強もした時としない時の差が一目瞭然の結果。教えてくださっている先生に本当に申し訳ない気持ちだった。だからと言ってやるのは本人。宿題は? 内容よりも期日を守る!どんだけ言い続けたことだろう。
毎年、卒業式は見ていて胸がいっぱいになる。教諭の方々への感謝、そして家族への感謝の言葉。感極まると、そこでまた伝染する。それが我が子が当事者になれば当然だ。そうそう、みんな頑張ったよね。先生たちもそして保護者も...と。
それなのに、ヒソヒソ話をする保護者、たまにガムを噛んでいる人もいる。乳幼児の声。また、出入り口の向こうで待機している保護者のお喋りや笑い声...日本じゃきっとありえないことだろうなあ....
それにしても、母親業を始め、そろそろ22年になるが、先輩ママさんにも言われ、今になってやっとわかったこと。
それは、苦労は楽しむくらいじゃないとやってはいけないと言う事。無私の愛とのめり込みは別物。苦労は後から傷になり得ることもある。あなたのため、が共依存になってしまってはいけない。だから何事も「中庸」が一番なのだ。
クライマックスは卒業生達のスライドショー。BGMはゆずの「栄光の架橋」。泣けたわー。
いくつもの日々を越えて
辿り着いた 今がある
だからもう 迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと
卒業、おめでとう。
でも毎週土曜日、私は空手の稽古とゴスペルレッスンがあるので、学校には出没し続けるのだ〜。そう簡単には消えない。爆
涙、涙の卒業式 ~ 未来へ|https://s.ameblo.jp/sofiamilano/entry-12004953979.html


