膝の痛みで空手の稽古を休み、そろそろ2週間。薬もやっと効いて来たのか、朝の激痛にもだえることもなくなった。
今の私から空手を取られたら、壊れるわ!と豪語して来たが、怪我して動けなくても、じっとしていられなくて見学に行っていたら、来月まで道場に来るな!と道場出入り禁止になってしまった。苦笑 まずは体を休め、その分いっぱい心を鍛える時期だと。
私は若い頃から常に走ってきた。学生時代、働いていた頃も、常に、多くの活動を同時にし、多くの人に会い、よく動いていたなあと思う。そして、私の周りは常にエネルギッシュでできる女性が多かった。負のスパイラルをはねつける正のスパイラルパワー。ポジティブな人の周りには自然とポジティブな人が集まる、と聞いていたが、常にそういう友人(特に女性)に恵まれて来た。イタリアに来ても同じ。母として、主婦として、働く女性として(私の場合、仕事という仕事はしていないが)忙しい環境の中でも、向上心を持ち続ける女性は尊敬すべき存在であり、そういう人が大好き。なぜかいつも、磁石に砂鉄が吸い付くように、そういう友達が多かったのだ。
それを、敢えて止まれ!と言われるのは、地獄。ほんと、辛い。とはいえ、空手だけの人生ではないが、ここ数年、どれだけ空手が私の心と生活を占めていただろう、というのはいうまでもない。
しかし、いきなり時間ができてしまった。読もうと思っていた本も山積みだし、編みかけのものもたくさんある。が、どこから手をつけてよいやらわからない。思いの迷路にはまってしまった感じ。
ギアを高速にしたまま、走ってきて、脳も驚くほどの成果を上げていた。けれど、やはり折に触れてペースを落とす機会を与えるようにしたほうが、さらに大きな力を発揮できるという。時間ができたわりに、この時期、なぜか群れる相手もおらず(何なんだあ!)、今は心のギアを低速に切り替え、健康、内面の穏やかさなどに気をつける時にしろということなのか。どう考えても、生活も頭(考えるべきことの多さ)の回転が速すぎて、逆に力が入りすぎて柔軟性がなかったかなあと気づく。
とにかく、常にファストシンキング(fast thinking)で来た。ぱっと思いつき、ぱっと動く。特にitamaで活動していた頃は、理事のメンバーは私以外は皆イタリア人だったが、皆似たタイプ。何を決めるのも、活動するのも、ぱっぱと決まり気持ちよかった。ただ、同じペースについてこられないメンバーや交渉問題にはイライラさせられた。これは組織としてはいいはずはない。何事も素早過ぎるのは良くないし,他者の気持ちや状況も理解すべきだと。
思考のスローダウンは時に、重要。穏やかになり、また集中力が上がり、時に創造的なアイデアが閃く時もある。ファストシンキングとスローシンキングをうまい使い分けることができれば...と頭では理解しつつ、せっかちが高じてなかなかできなかった。
今,ここでついに、立ち止まり内省する、スローダウンした時間をとることが必要な機会が訪れた。それはスローダウンするために必要なだけでなく、スローダウンすることによって得られる報いのひとつでもあるだろう。
常になんでも超速で来たけれど、意外に焦るだけで答えがなかなか出ない状態、堂々巡りがある。でも、すぐに答えが出ないことはゆっくり考えたほうがいいのかもしれない。そう簡単に何かに気づいたり、閃くことなどないのだから。ゆっくりと考えたほうが答えを思いつきやすいこともあるだろう。
「速く働く心は病んでいる。ゆっくり働く心は健全である。不動の心は神聖である」byメヘル・バーバー
心と気持ちの関係をよく表している言葉だと思う。
「ゆっくり働く心は健全である」などとは、自分がこの状況にならなければ気づけなかったことだろう。全てがスピード化し,それについていけない自分が許せない。周りはともかく、とにかく自分に厳しく走ってきたが、思考のプロセスをもう少しスローダウンさせれば、焦燥感や切迫感などを取り除き、もう少し楽に生きられるのかもしれない。
時間をうまく利用することで、また努力すれば報われるという思いが強かったから、「一粒で二度美味しい」を目指しここまで来たが、人に優しく、いやまずは自分に優しくか〜?と今更思う。
内省は自分を変える第一歩。スローダウンで、自分の行動や考え方が改善されれば良いのだが。
残りの人生、質の向上を目指すには、やはり生活の一つ一つのことを大切に大事にし、スローライフにつながれば良いが...できるかな? 苦笑