今日の恵み | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

毎年、9月第3日曜日はミラノ外国宣教会のコングレッスィーノと呼ばれる大きな催し物があり参加してきた。

 

神学生が神学校を卒業し、正式にpime(ミラノ外国宣教会)の会員、つまり司祭になる式と、司祭が海外派遣される宣教師達を送り出す派遣式を兼ねたミサがあり、宣教師達の家族、親戚、地元の人や宣教会の若者のグループが何百人と集まる。

 

毎年恒例のバザーやら炊き出しやらあちこちにテントが貼られ、在ミラノカトリック日本人会も折り紙教室を開催。

 

今年、pimeはカメルーンに宣教し50周年という記念すべき年であった。ちなみに日本宣教は2020年に70周年を迎える。

 

司式は、pime総長のブランビッラスカ神父。元日本管区長でもおられ、何度か日本でお会いした尊敬する司祭。けれど、お説教はカメルーンで宣教されておられるベッツイ神父によるものだった。

 

「イエスとは何者か」というテーマ。しかし、「私にとってイエスとは何者か?」と司祭は問いかけられた。そう、『イエスは私にとって誰?』 そんなことをしきりに考えてみた。救いとは理屈ではないと思う。(だからこそ、うまく説明できないのだけれど)イエスとの出会いの中で、一対一の関係の中で実現するもの。イエスに招かれ、その招きに応答していくところに実現していくものだから、それを感じてる人にしかうまくわかってもらえないと思うが、それはそれで良いと思う。

 

司祭はカメルーンでの実体験を話され、どれほど危険な目にあったか。また危険に合わせた人々がいかにキリストに出会い,回心の道を歩んだかを話された。宣教師たちは福音の喜びを伝えに世界に出ていくが、その時代でもいつどんな状況で殉教するかわからない。また、今の時代の日本で殉教することはないかもしれないが、逆に宣教する難しさは相当なものだろう。

 

今年は、6人の司祭、6人のシスター、4人(内2組が乳児を含む家族)が宣教のため海外に派遣されていくことになった。一人の若いブラジル人が日本へ派遣されるが、他の方々は南米やアフリカ、バングラデシュ、中国へ派遣されると発表された。国の情勢や治安を考えるととても安心できるところではない。しかも乳児を連れて出かけて行く人たちの勇気と信仰のあつさに胸が熱くなった。

 

 
その時に歌った聖歌がこちら”come tu mi vuoi" あなたがお望みになるように、という曲。
 

 

 

Come tu mi vuoi io sarò,

dove Tu mi vuoi io andrò.

Questa vita io voglio donarla a Te

per dar gloria al Tuo nome mio re.

Come tu mi vuoi io sarò,

dove Tu mi vuoi io andrò.

Se mi guida il tuo amore paura non ho,

per sempre io sarò come Tu mi vuoi.

 

あなたが望まれるように私はいます。あなたが望まれるところに私は行きます。私の王であるあなたの名の栄光のため、私の命をあなたに捧げます。あなたが望まれるように私はいます。あなたが望まれるところに私は行きます。あなたの愛で私を導いて下さるのなら、怖いものはありません。あなたが望まれるように私は常にいます。

 

涙が止まらなかった。踏み絵や映画「沈黙」は昔の話ではない。今、この時代でさえも起き得る話なのだ。しかも乳児を連れてまでして、福音を宣べ伝える、信仰の証にでる勇気。すると目頭を押さえている人が周りにちらほら見えた。

 
平和の挨拶を周りの人と交わす際は、もうボロボロ状態だった。苦笑  
 
午後の折り紙教室は、毎年来てくれる子供達もおり嬉しい限り。何時間も私たちの前に張り付いてテーブルから離れない子供達もおり、あれっ?寄付してくれないの?心配する身内(日本人会)の子供もいたが(爆)毎年日本人会が参加する意義でもある。少額ではあったが、pimeへ寄付。折り紙ピカチュウを作りたがる子供達が多かったので、来年は黄色のみ単色の折り紙を持って行こう。
 
また、ご病気のためイタリアへご帰国された神父様とも再会。現在レッコ湖近くのpimeの養老院にいらっしゃるそうだが、今日のコングレッスィーノに日帰りでいらしていた。話すことも歩くことも困難のようであったが、私たち日本人に会えたことをとても喜んでおられることが目を見てわかった。それだけで、また胸がいっぱいになってしまった。来月の日本人会のごミサにはいらしてくださるという。
 
この夏、お会いすることもなく、きっと日本語を話すこともなかっただろう87歳の日本人シスターとも久々お会いできた。
 
本来、来月の日本人会のミサは、地元パロッキアのフェスタのため欠席か...とも思っていたが、何がなんでも神父様とシスターに会いに行こうと思う。
 
会いたいに人に会いに行く。それまで元気でいてほしい。そう思えるのは今日の恵み。