ピッコログランデ同窓会 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 
 

帰国中、いろんな友人と再会する。

 

学生時代の友達、会社の元同僚、習い事つながりの友達、教会関係...関係は様々。

 

その中で、夫のローマ駐在から、脱サラしミラノへ移動した際に、出会った仲間は、やはりまだ乳幼児を抱えていた時代で、ほぼ母子家庭のような方々も多く、助け合い、絆が強かったせいか、”共に育った”感が強く、今でも自分だけでなく、どの子の成長も同じように、喜んだり願ったりできる仲間である。

 

今でこそ、若い母親たちが、乳幼児を連れレストランでわいわい食事をしている光景をよく見かけるが、当時(16,17年前)はそういった感覚はまったく持てず、だれかの家に持ち寄りで集まることが多かった。携帯電話も走り出しの時代、当時は子供たちもゲームで遊ぶということはありえなかった。

 

一人の寛大な方が家を提供し、「ピッコロ会」と称した子育てサークル、情報交換の場があった。一軒、2-3ユーロでごはんを準備してくださり、お昼前からわいわいお喋りをし、子供達を遊ばせ、夕方ベビーカーを押す日本人女性の団体がバスで家路を急いだものだ。

 

それとは、別に本の読み聞かせの会もあったが、メンバーはほぼ同じであった。読書好きの母親たちも多く、よく本を回し読みしたものだ。

 

また、休みになると、夫たちも加わり、バーベキュー、スキーに栗拾い、ワインの買い出しを名目にした旅行などもよくしたものだ。ワイン好きも多く、飲み会を開いては、好き勝手にうんちくを語り合ったもの。笑

 

それがメンバーも一人減り、二人減り・・・・そして誰もいなくなった?私はどのくらいの仲間を日本へ、海外へ送り出したのだろう。

 

とはいえその分、帰国の際は、同窓会を開いてもらうようになった。

 

子供の受験は常に話題の中心だった時期もある。内心我が家は、日本じゃなくってよかった!と思ったものだ。それでも、御主人だけは、単身赴任で海外...という人も多く、相変わらずママ友たちは、どこにいても子育てまっしぐら!

 

当時の子供たちもほとんどが、高校生か大学生になっていた。帰国しても、当時のピッコロ会の世話役でもあったNさんのお宅にいまだに集まっているのだが、今回11人が集合。3人のご主人も参加。

 

みんなで自分の子供たちの画像を見え自慢大会?!えっこれY君?イケメーン!あのいっつもおっぱい飲んでY君がね~、と皆口をそろえていった。そうだ、いっつも私にくっついて3歳になってもおっぱい、おっぱいといっていたあの子だが、今や185㎝近くなり、すでにオヤジ化している!10代でこれなのだから、中年になったら、洋ナシ化するのか?恐ろしい...それともはげるのか...?!

 

ところで、知らないうちにLINEにグループができていた。私は去年数人とLINEでつながったのだが、普段使い慣れていないし、携帯電話を買い替えたところで、データがきえており、そのグループも知らずしらずに抜けていた。「いいや、違う!自分から抜けたでしょ?私たちを裏切ったでしょ?」と散々嫌味をいわれたが、まったくその記憶なし。また入れて~といっていれてもらうと、なぜかそこに夫もいるではないか!そうなの?

 

そうだ!ご主人に電話しよう!とNさん。いきなりLINEのグループで夫に、しかもビデオ通話となった。おー、久々見る顔!爆 Nさんが、べらべらしゃべりまくると、「ごめん、今接待中なんだけど!」と言われてしまった。相変わらずマイペースなグループである!

 

昼の部、夜の部と二部に分かれた同窓会。続けて私は耐久8時間の飲み会に居続けた。若干数名の毒舌女子とぼけたN氏とのやりとりは10数年前と変わらず。

 

今度は、子供たちが就職、結婚となっていくんだね。その後のことは、考えないでおこう。

 

それにしても、皆口々にミラノに戻りたーい!と言っていた。思い出いっぱいの場所。いろいろあるが、住めば都。思い出旅行もよし、子供の留学でもよし。また戻ってきてよ!

 

わが子の成長だけでなく、どの子の成長も共に喜び楽しめる仲間は最高。親子ともども素敵な”ピッコロ会”の仲間に出会えたことは、本当にミラノ生活の宝。

 

まだまだ続いてほしい、ピッコログランデ同窓会。

 

*集合写真を撮ったが、さすがにそれを載せるのはまずいので、飲んだワインに変更しました。