父が心筋梗塞で倒れて7年。
危険な状態と言われていたが、なんとか持ちこたえた。あれは、父にとって、「死」の時ではなかったのだと思う。
ところで、今年に入り多くの、芸能人や有名人がお亡くなりになられている。先天性の難病のため延命措置の中止のため生後11ヶ月でなくなったチャーリー君から105歳の日野原先生の記憶は誰にでも残っていることだろう。
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それにしても、人の寿命はどうして、こんなにも違うのだろう。どんなに健康に気を付けていても,ガンや成人病になる人はいる。その逆もあり。災難、事故とて然り。人生、不公平だよな...と常に思う。なんで?結局人の晩年なんていつが晩年なんだかよくわからない。
ただ、7年前、その「時」ではなかった父が、急に老いてきた姿を今回帰国し、この目で見てショックを受けた。またその父に付き添う母が一回り小さくなった気がする。
それは、きっと本人たちも同様かもしれない。「老い」を受け入れる「心」。それにかかわってくるような気がする。
今になって、家族という時間は有限だと実感する。その時間を幸福にするのは子供次第なのか。
今日、初めて父に付き添って病院に出掛けた。父は、脊椎管狭窄症で神経が細くなった部分に痛みが走り、思うように歩けない。今回は血管に造影剤をいれ、神経が細くなったところに神経根ブロックという注射を打って、痛みを止めるもので、一般的なブロック注射とは違うというが、いずれにしても非常に痛そうで、思うように歩けず、毎日家の中でも転ぶ。これで、骨折してしまったら大変なことになる。
また、30年ぶりに、学生時代にバイトをしていたラーメン屋さんのご主人に病院で偶然お会いした。現在父と同じ80歳。糖尿病で週に3回透析を受けておられ、実質的にはお店は、同い年のおかみさんがきりもりしているという。おかみさんは健康そのもので、お店の仕入れから調理、接客、すべてを一人でこなし、時間の合間を見ては畑で野菜作りにも励んでおられるという。私はそこで2年間お世話になり、非常にかわいがっていただいた。いかに物事要領よくテキパキ仕事をするか、そして時にはったり、時に目力で客を制す?基,魅了するかをそこで学んだ。笑
おじさんの話に戻るが、脳梗塞も患ったにもかかわらず、後遺症は残らず、バイクを乗り回していたそうだが、今は神経痛が腰に来て、杖なくして歩けなくなったという。柔道をやっており、ガタイのしっかりしていたおじさんが、やせ、腰を丸くし杖を突いて歩く姿に驚かされた。あれから、30年。当時は今の私の年齢くらいだったはずだ。(おじさんは私のことをいまだに”お嬢ちゃん”と呼んでくれ、気恥ずかしかった。苦笑)
年をとるということの残酷さを目のあたりにし、決して目を背ける気はないが、親や知人を通して「老い」というものを初めて見つめる感覚。そしていつか自分にもやってくる「老い」の不安が何気に脳裏を支配していく...。
平均寿命80歳時代を生きる私たちは、定年し会社を退いてもまだまだ人生は続く。そして、人間は年と共に肉体的には衰えていくが、最期の瞬間をむかえるまで、精神的には成長することができることだろう。では、そのレッスンとして何をしておくべきか。まずは、身近な人の老いから何かを学び取ることができるだろう。
老いを受け入れるための心構え、老けこまずにいつまでも健やかに生き続けるためには、私はやはり外に出ていくことが一番だと思う。様々な人と触れ合い、話し合い,明るく、若返られせる。
「子にとって親の『老い』や『死』は、親から受ける最後の『教育』」という言葉を聞いた。親の老いを受け入れて逃げずに向き合う経験が、生きている限り逃げられない自分自身の老いに直面する時の、確かな手がかりになるのかもしれない。