空手道 座学 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

夏休みを目前にし、今後稽古に来る門下生がどっと減る前に、セミナーというか『座学』が行われた。2008年にミラノに月心会イタリア本部道場が開かれてから初めてのイベントだという。



それは、「空手を習う意義」から始まった。

武術は武士道の精神の元に成り立っている。
空手に「道」が付いているのは、空手プラス武士道の「道」、即ち空手と武士道は一体であり、それが、世に伝わる「心技一体」。自分の命を守る、大切な人の命を守る、という点においては、武士道の五常の徳を軸としていると説明された。

「仁」・・・・優しさ、真心、慈悲の心
「義」・・・・正しい生き方
「礼」・・・・感謝の心、謙虚さ
「智」・・・・善悪を見極める力
「信」・・・・信念、信頼

 

隣で、自分は日本の侍の生まれ変わりだと豪語しているF爺さんが、「自然の法則と同じだ」とブツブツ言っていたが、武士道精神とは、決して武士だけの思想ではなく、日本人、そして本来はすべての人の思想的根幹だったのではないだろうか?と思う。

 

受講生は、下は4、5歳から、そして上は78歳、また日本人、イタリア人、その他外国人と人種は様々...講義は日本語とイタリア語で行われ、誰もがわかるよう、具体例を加えながら説明されていった。

 

自分のためだけではなく、相手のためにも稽古をする。立ち方や「基本」、そして組手で強くなるワンポイントなどなども話された。

 

そして、日常生活に活かす空手道の話は興味深かった。直接空手に関係あるの?と思いがちだが、積極的に、人を助ける。人が喜ぶことをするが、やったことはすぐに忘れること。けれど、人から優しくされたり、されたことは絶対忘れず感謝する心を忘れないように、ということだった。「懸情流水 受恩刻石(情を懸けしは、水に流し、恩を受けしは、石に刻むべし)」という言葉がある。これは仏教の教えにある言葉で「他者にかけた情け(与えた恩)は水に流して忘れる。他者から受けた恩は心の石に刻みこんで忘れてはならない」という意味だが、確かにこの世の中、その教えの逆になりがち。かけた情けのほうを石に刻み、受けた恩は水に流して忘れてしまう。つまり、してあげたことばかり覚えていて、していただいたことは忘れてしまうものだ。

 

また、非常にかわいかったのは、親の覚悟、ということで、ここでは子供には聞いてほしくないんだが...というと、素直に耳に指で栓をする子供たち。笑

 

 

これまた、空手に関係あるの?と思いがちだが、人に頼まれたら喜んでする。「誰かの助けになる」という生き方。人に感謝される生き方というのを勧められた。

 

よくいるでしょ?次から次へと、人に頼まれる人。なんで私?とは決して思わないこと...と師範。あちゃー、それっ私だわ。思わず目を挙げられず。人に何も頼まれないよりも頼まれる人になること。それはその人の成長となる。...はあ、今後は喜んでお受けいたしまする。

 

本来私は、個人的に色帯と黒帯の技術面はもとより、精神面の違いを一般論として質問したかったけれど、講義中にも色帯の下から見られて恥ずかしくない行い、技術を身につける、模範...と言うお話もあったので、まあいいかな?と思い敢えて質問しなかった。これは私自身が理解すれば良い問題なので。

 

人を育てるとは「知育」「体育」「徳育」から成るわけで、武士道の素晴らしさ再確認した。今回はあくまでも「空手道」の概論であったので、普段師範の書かれる「道楽」というレポートやブログを読んでいれば、重複する部分もかなりあったが、普段本を読んだりして、知識だけを身につけるよりは、実際耳で言葉を学び、考え方を学び、本質を見極める目を養う...実技とは別の、意義ある時間であった。
 

講義のあと、普段なら何もせず帰ってしまうイタリア人、せっせと椅子を片付ける日本人保護者の空気を感じ、動いており、いい感じ! と思った。