昨年の春に、次男は在ミラノ日本語補習校は辞めてしまったが、日本ではまだ中学一年生。まだまだ義務教育中。ということで、日本の教科書は無償で領事館を通じいただくことができる。(ちなみにイタリアでは、小学校の教科書は無償だが、中学も義務教育とはいえ、無償でもらえるのは、ほぼ収入ゼロにあたる家庭のみで、大抵は使わない教科書もあるというのに、100ユーロ以上は払わされているのだからたまらない。)
しかし、教科書の受領を楽しみにしているのは、本人ではなく、私???ってどういうことでしょうねえ?苦笑
領事館の教科書担当の方は、中学の家庭科の教科書の内容が非常に良いので、読んでくださいね!とおっしゃっていたが、調理と食文化を改めて考えるよい本だなあと思う。とにかく写真が綺麗!
個人的には、やはり「国語」そして「道徳」が面白い。特に「道徳」は、文章や資料を読んで、自分の考えをまとめたり、書いたりすることを勧めているが、どの内容も多感な思春期にこそ読んでおきたい哲学的なものや良識、礼節、正義、家族など、教科書検定の分野ではかなり批判されている記事も読んだが、私としては十分。(えっ、私が基準?!)
また「歴史」や「地理」も今更ながら、復習するには面白い一冊。(あっやっぱり私が基準。爆)
海外にいる日本の子供たちが、補習校に行かず、家庭教師もつけず、日本語をあきらめず個人で勉強をし続けるということは、かなりの意思の強さが求めらえる。
長女は補習校の高等部を卒業し、長男は今年から高校3年生へと進級するが、「国語教育」に関しては、常に悩みの種である。それは本人のやる気次第ではあるが、最終的には、国語力を上達させる方法は、国語の問題集を解くような勉強ではなく作文と感想文なのでは、ないかとつくづく思う。
国語の成績が今ひとつだから、塾にでも入れたいという人がよくいるが、国語の勉強で国語の実力がつくのではなく、「読」んで「考え」、そして「書く」という作文や感想文の勉強の中で、初めて力がついてくるように思われる。
あまりにも諦観というか、開き直りかもしれないが、1年に1冊でも良いじゃないか?教科書を読んで、何か考えたことを書くだけでも良いのではないかなあと考えに至った。
次男には、どれか1年で読み込もうよ。難しかったら、学年落としてやろうよと言ってみた。
こちらは、私の積ん読山の一部。これと同じくらいの高さが、寝室の枕元にもある。
徐々にこの山の標高が高くなる。さあ、どうしましょっ!苦笑

