聖週間2017 ~ 枝の主日 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

カルネヴァーレが終わると、うわ~っこれから長い四旬節が始まる~!!と思うのだが、あっという間に「枝の主日」を迎え、聖週間に突入した。

 

今回、カリタスジャパンから素敵な四旬節のカレンダーが届いた。パパ様のメッセージは ”みことばはたまもの、ほかの人々はたまもの” だった。

 

四旬節は新たな始まりであり、復活祭という確かな行き先、すなわち死に対するキリストの勝利に向かう道。四旬節は、「回心」の時。そして、私自身、「荒れ野」に身を置いて四旬節を見つめてみた。私を生(活)かせてくださる神様、そして苦しい状況の中に生きる兄弟姉妹たちの連帯。けれど、常に葛藤だった。神様ごめんなさい。心新たに...またごめんなさい、その繰り返し。告解をしても、こんな私が赦されてもいいのだろうか?躓きながら、自分をも赦し、自分を愛さなければ...と思う日々だった。

 

ところで、「枝の主日」は、イタリアでは、オリーブの枝を使用するが、日本では「蘇鉄」が多いらしい。蘇鉄は日本の九州南部や南西諸島に分布しているそうで、関東地方にある教会であまり育たなかったところは、急遽九州から取り寄せた、というところがあるようだ。ミサの後、近くのスーパーで買い物をしていると、キャッシャーの近くに、綺麗に編み込まれたシュロの枝が3ユーロちょっとで売られていた。これって司祭に祝福されているもの?スーパーで買う人なんているのかねえ?ちょっと不思議に思った。

 

 

"Osanna al Figlio di Davide. Benedetto colui che viene nel nome del Signore.  Osanna, osanna nell'alto dei cieli"

「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ」

 

ミサの入祭の際、そしてミサの中で、イエスを讃える朗読の部分は、信徒もオリーブの枝を振った。オリーブは「平和」の象徴。そして「祝福」の象徴でもある。

 

ところで、今始まったことではないが、最近のシリア情勢に心を痛めている。アサド政権の後ろ盾のロシアと反体制派を支援してきたアメリカという二大大国が連携しない限り、シリアの和平は前に進まない。しかしトランプ政権の思惑によっては、さらなる泥沼化を想像してしまう。また、エジプトでは、2つのコプト教会が爆破され多くの犠牲者を出した。これによって、エジプトのキリスト教徒とイスラム教徒との宗教間の対立が深まることを懸念される。

 

いろいろなところにはびこる暴力に対する唯一の答えは、神への信仰、そして人間の尊厳に対する尊重である」と以前パパ様がおっしゃっていた。が、どの宗教も自分たちの宗教のみが正しいと思っている限り、歩み寄ることは不可能であろう。

 

「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マタイ16:24) イエスに忠実に従うためには、言葉ではなく行いをもって、自分の十字架を背負い、そしてその十字架を拒み、投げ捨てることなく、毎日それを運ばなければならない。

 

今年の復活祭は、西方教会も東方教会も同じ日を祝う。前回は3年前であったが、次回は、8年後の2025年となる。

 

 

 

Per crucem et passionem tuam

Libera nos Domine, libera nos Domine, libera nos Domine, Domine

 

Per crucem et passionem tuam

Libera nos Domine, libera nos Domine, libera nos Domine, Domine

 

Per sanctam resurrectionem tuam

Libera nos Domine, libera nos Domine, libera nos Domine, Domine

 

十字架と受難を通し、神を自由にしてください。
十字架と受難を通し、神を自由にしてください。

聖なる復活、神を自由にしてください。

 

 

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12253728444.html

 

*上記イラストは空手仲間のDが描いてくれたもの。