ついにこの日がやってきた!パパ様のミラノ司牧訪問!
モンツァのミサにもあずかりたいのは山々だったが、やはりミラノ訪問が決まったと同時に、どうしてもボランティアとして参加したい気持ちが大きく、手を挙げた。5年前の世界大会でもボランティアで参加していたので、早くからミラノ司教区からボランティアの勧誘メールは来ていたものの、やはりやるならパロッキアーナ(小教区教会員)としての参加でしょ?と思い、オーガナイズの悪さにイライラしながらも待ったこの日だった。
配置されたサンシーロ競技場は家から徒歩で10分弱。前日から音楽が鳴り響き、夜遅くまで練習している様子が伺えた。当日は、曇りのち雨と一週間前から予報されていたが、前日に雨が降り、一時的にはかなり強く降ったので、どうなるものか?と思ったが、当日朝起きると、場所によっては霧が出ていたようだが、寝室には光が照らされ、お〜っラッキ〜!パパ様のミラノ訪問では雨は降らない!とチームリーダーが断言していたことを思い出し、おかしくなった。
11時にサンシーロ裏に集合。2日前に集合が30分早まる連絡が入った。朝から、自分と子供たちのお弁当を作り、洗濯物を干していると、集合の13分前から、ウガンダ人の仲間から「どこへ行けばいいの?T子は今どこ?」と電話が入ったので、「ゴッメーン。まだ家。」といって走って行って、オンタイム到着。しかし、メンバーは皆集合していた。皆に心配したよ!と言われた。どうも日本人は時間に正確!と思われているようだ。あちゃ〜。最近何をやってもギリギリ。でも遅刻じゃないじゃん!
結局そのまま1時間待機。グループが徐々に呼ばれて中に入って行ったが、我々のチームリーダーはドウモでの聖職者たちの集会の整備にも配置されていたので、5時半には現地入りしており、終了と同時にサンシーロへ移動といっても肝心なドウモとサンシーロの最寄の地下鉄の駅が閉鎖されており、ただただ「待ち」の状況だった。
もうお昼ご飯食べちゃった方がいいんじゃないの?といって、待ちながらパニーノを食べ始める者あり。普段昼食は2時過ぎに食べることがほとんどなので、12時なんて早すぎてお腹さえ空いておらず。待っている間に、郵便局のロゴの入った車やら警察、カラビニエーリ、私服刑事、救急隊らが車で続々と到着。パフォーマンスをする若者たち数百人も到着。しかし、その場でサッカーを始めたから驚いた。小学生ならまだしも、皆20歳前後の学生たちだ。イタリア人の多くは、子供の心を忘れないのはいいことだが、なんでTPOの重要性ががわからない人が多いかなあ。サッカーボールが警察の集団のところへ飛んでいってしまった時は、さすがに一瞬ドキッとした。が皆拍手を送っている。はあ?
結局チームリーダーがやってきたのは1時近く。直接配置されたセコンドアネッロと呼ばれる2階へ直行。2階とはいえ、かなり高い場所から見下ろす感じでそれはそれなりに迫力を感じる。
待っている間、携帯電話で朝からパパ様のプログラムを画像でチェック。
モンツァでのミサ。70万人もの人が集まったという。我が家パロッキアの中学生たちは、寝袋と前夜の夕食及び当日の朝食をもって、モンツァのパロッキアに宿泊した。
13時半を過ぎ、今年堅信を受ける子供たち代父母やカテキスタ、聖職者たちと続々と会場して来た。

当初73,000人と言われていた堅信のグループも最終的には、8万人が入場。とにかく、人人人のごった返しが始まった...続く




